なぜ世界は存在しないのか(1)

「世界」と一言で言っても多義的な意味がある。宇宙のようにだだっ広い感覚で構築されたものや、心ある生き物達が制約制限を受ける枠のことを言うこともある。哲学に至っては、社会的精神的事象も含める。それらが存在してないということはどういう意味なのか、それはこの本を読んでみることをお勧めするので教えないが、一通りまずポストモダンとは? カント、ヘーゲル、ウィトゲンシュタイン、ハイデガー、キリスト教の簡単な歴史、自然主義をおさえてないと何が否定されているのか、何を例えに出されているのか、この人は何を再構築したいのか、意図が全く読めないかもしれない。特に重要なのはウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の冒頭の「世界は事の総体であって物の総体ではない」という定義と、ハイデガーのいうすべての領域の領域としての世界は無限に存在する。つまり特権的な「世界」は存在しない、ということ、ヘーゲルがカントの何を否定したのか?ということ、この三点が特に重要となる。

実は私は著名人運だけはいいのかわからないが、友人がボン大学出身で彼のコンタクト先を教えてくれたし、いつでも連絡していいようにしてくれた。(英語かドイツ語のみ) しかし彼に声を何んてかけられるのかすら分からない状況である。世界のベストセラーであるがベストセラーの中でまともなのは珍しい。

(2)以降の更新は熟読後ということになるのでだいぶ先になると思います。

酒井司教、女子パウロ会、瀬戸内寂聴からも楽しんで読んでもらえた
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