三木清 怒について

今日、愛については誰も語っている。誰が怒について真剣に語ろうとするか。怒の意味を忘れてただ愛についてのみ語るということは今日の人間が無性格であるということのしるしである。
切に義人を想う。義人とは何か、怒ることを知れる者である。
人生論ノート 三木清
 

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