教会行きながら聞いていた曲と本

Bruch: Violin Concerto No.1 In G Minor, Op.26 – 1. 

Vorspiel (Allegro moderato)

ダニエルホープの演奏は通常のクラシック演奏より癖はありますが、ストラディバリウスの音色がよく響いています。


Giovanni Battista Pergolesi – Stabat Mater

ペルコレージはバッハと比べて群を抜いて天才であり夭折。



Heifetz – Vitali `Chaconne` with organ


愛がヴァイオリン、無意識がピアノ、近づいたり離れたり、「この曲は最高の一人称だ」






Winter 3 – Recomposed: Vivaldi’s Four Seasons 


美しいに尽きる。ダニエルホープ版のヴィヴァルディの四季の冬ー3を聞くと
他の聞けません。


Misericordes sicut Pater! – Hymn of the Jubilee of Mercy | music score


いつくしみの特別聖年の時の歌。この歌を歌った時が一番カトリックにいて幸せだったときですね。自然と涙が溢れてきました。罪なきものが苦しみを与えられているときに、
最も犯罪を感じ取る。そして沈黙される神が心開いてくれるように歌う。これは儀式として一番美しかった。

大体、このあたりの曲を教会まで1時間半かけてバスと電車で乗り換えて行きました。
信じていた神父が豪遊していると知るまでは、ほとんど欠席は無かったと思います。
台風が来ているのに行くこともあり、朝のロザリオの祈りも(英語)で25分程度祈りました。ミサが終わったら聖水に手をつけてお辞儀をして聖堂から出ました。
信じている光景が目の前にありました。守られたサンクチュアリ、きっと何処かで悲しんでいる人がいて、私達はそれを常に意識して祈っているのだと。
最初の2年間は問題は何もありませんでした。しかし3年目からフィリピン人達がパーティをする頻度が増え、厳粛なイメージが損なわれ、煩いポップスが流れるようになり、
私の宗教曲による観想時間が無くなりました。聖堂ではさすがになかったのですが、
聖堂まで煩い音と騒ぎ声が漏れてきます。段々と私の居場所がなくなりました。
とても許しがたいと思いました。けれども神は許せとこの時は言っているような
気がしたので我慢しました。
聖水も、3年目ぐらいになると滑ってくるようになりました。一度掃除を呼びかけて
直してもらいましたが、ずっと滑っていました。信者と写真撮ったりパーティしたりして遊んでいる暇があるのなら、聖水ぐらい取り替えてほしいです。
友人にこんな曲聞きながら教会にいって真面目にしていたから
反動が来たのだろうねと言われました。
本は色々読んでいます。

一番多かったのはやはり聖書
次にシモーヌ・ヴェイユ
リルケ詩集:ドイツ語版
ドイツ語版フッサール現象
『純粋現象学、及び現象学的哲学のための考案(イデーン)』


Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie



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