剪定

 

ヨハネの福音書15章5節
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようにな
る。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
私は切り落とされた枝だと思っていた。剪定された枝なのだと思っていた。私はキリストから切り離されて魂が干からびた枝だと思っていた。けれども、そうでもなかったようで、眠りから覚めたら、私は実りを待っていた。明日の光が楽しみね。
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 除籍から戻るための相談で良い神父に出会えた。そして、交流があった司教からも
アダムの甘えん坊の話を聞いてもらえた。除籍は相当珍しいものだったらしく、
安易に書いてしまったので、デマが流されてしまったけれども、
そうじゃないことは元の所属教会が証明済み。私は自分で出て行ったのであって、
追い出されたわけではない。しかも別にカトリックに恨みはない。
*現在籍は戻っています。
カトリック除籍についての誤解→
絵画:ウィリアムブグロー

甘えん坊アダム・アダムフォーエバー

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