ホモ・サピエンスの涙

「人生はそんなに確信にみちた、景気よいものではないように思われる」

森 有正(バビロンの流れのほとりにて)

物語には本心らしきものを露わに話してくれる主人公がいる。それが分かりやすい話というもので、漫画等に多い。芸術性、イデア追及に入ってくる作品となると、人を書きながら、観客を置き去りにするような作品が出来上がる。作品のページ数や、上映時間が時間制限であるのなら、その制限以内に一つの人生を人為的に速度調整する。それに物足りなくなったのが、ロイ・アンダーソンの「ホモ・サピエンスの涙」なのかもしれない。ここには起承転結のような、物語の技法は存在しない。此処には人間の人生は無機質の連続なのでないか、他者からも見えない存在が動いているように思える。それを恐怖とせず、コミカルに描いている。

私にとっては、イエスを模した人間がゴルゴタの丘を歩くシーンがコミカルだった。近代オペラのように経費削減された現代衣装、ナルシストな監督が傍にいるような茶番、まさしく現代の芸術家への皮肉が表れていた。もしくは、これは意味深に思させるハイブランドのファッションショーなのかもしれない。批評家が仕事欲しさに、駄作でも売れるためなら何でも褒めるようになった現代では最高の皮肉だった。この夢は信仰を失った牧師が見る。

そしてその牧師は司式の前のワインのラッパ飲みをするが、非常に面白かった。

人間の物語に対する期待は、まずは意識世界での認識から始まる。自分の意識世界と、作品の意識世界との共通項、相違、埋め合わせる想像力を要する。次に、自分の理想へと移行する。そのときに作品の本質と乖離して評価されることもある。作品の意図を読み取る律儀な人もいれば、自分の欲望に沿うかどうかで判断する人もいる。

デカルトは意識や生得観念を見つけたが、本心というものは見つけることが出来なかった。

何度も科学はデカルトに帰るが、本心というものは脳科学でもまだ明確ではない。フッサールの間主観性の成立から、ハイデガーの現存在までの意識の整理が出来ている人なら、

この映画はハイデガーでいうところの「世人」に近いと気づくのかもしれない。

この世界には、本来性を生きる賢明な人間が存在しない。常に曇り空のような非本来性のような世間に埋没している人間像を描きだしている。何処か一歩、本来性を生きる人間のように踏み出した存在というものに、人間は期待する。その一つが登場人物の「本心」に、

模範生があることである。

本心というものは、愛よりも難しいと私は思う。本心と愛は関わり合いながらも、

それぞれ違う働きをする。例えば、私は猫のアダムがいるが、朝方に急に起こされることがある。眠くて辛いが本心でも、義務でもなく、少し遅れることがあっても必ず起きる。

愚痴をこぼすことなんかない、本当に愛していると実感している。

愛はこのように無計画である。アダムを抱きしめる描写、アダムへの扱いにカメラが回っていたのなら、そこに愛が見えるのだろう。けれども、眠そうにすぐに起きられない私の姿のみでフィルムが止まってしまったら、私の本心は疲れきったように見える。

本心というものは、短時間の判断ではあてにならないし、面白みがない。

ホモ・サピエンスの涙は、そういった人間が期待する描写が存在していない。

けれども、そこに自分の期待が見えるのだろう。信仰を持たなかった牧師が回心する

姿を望んだのなら、それが私の資質なのだろう。司式の前に二回もワインをラッパ飲みした事でも許せる。

それほど、私は聖家族を重視している、自分の意識を少し理解した。

広報の売りとは真逆な感想になるが、此処には望むものが切除されている。

しかし、その切除されたものに自分の望んでいるものが見える万華鏡だと思った。

私はこの作品は新しいリアリズムだと思っている。より近年になって個人の声や権限が見えなくなっている、SNSで騒ぐことでしか無くなった人間への皮肉なのかもしれない。良心や善を振りかざすのは、著名人や漫画だけになった。だからといって、現実の空間と左程変わらない虚構世界は楽しいだろうか? この世界は絵画のように存在し、虚構世界そのものである。そして、現実的なのだ。皆は、映されなかった先を考えない。狭い認識の中で外界を見る、こんなに自分を表しているということに気づけない。内面世界を豊にすることを忘れて生きていることを自覚出来ない。自覚していないから、この映画の意味が分からない。

今後も、本心、善悪、愛に関して掘り下げていくと思います。

軽く書いたものはtwitterにありますが、解釈が変わる場合もあります。

*デカルトの生得観念はイギリスのバークリー大陸合理論と対立。

*広告では「千夜一夜物語」のようにと記載があったが、この話だとシェヘラザードは王に

殺されるだろう。

私の可愛いアダムはこちら。

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