幼い少女の心臓移植募金にご協力をお願いします(Please help us raise vital funds for a young girl’s heart transplant)

My best friend’s son, has a heart condition.
She is in hospital with a heart condition and we need donations.
Please give us a few minutes of your time.

I have translated the following into English.

私の友人の息子さんのお友達のきかちゃんが心臓病と闘っています。

現在、入院していて寄付を求めています。

皆さまの貴重なお時間を少しだけください。

よろしくお願いします。

********

おともだちの妹、きかちゃん。

きかちゃんはいま、心臓の病気で入院しています。毎日24時間、ご両親が交代で付き添っています。心臓移植が叶わなければ、おうちにかえることが叶わない小さな小さな命です。
心臓移植は色々な観点から、簡単な話ではないですが、それでも目の前に救える命の手段があるなら、わたしは藁をもすがりたいです。
それしか生きる手段がなく、心臓移植を望んだとき、そして国内では待てなくて海外渡航するしかないとき、莫大な資金が必要になります。
今日行われた記者会見を皮切りに、きかちゃんに心臓移植を叶えるための寄付活動がはじまりました。
すこしでも多くの支援を願っています。
きかちゃんが未来に存在するように。

●きかちゃんを救う会ホームページ
https://www.think-about-kika.com/

●きかちゃんYouTube
https://youtu.be/j52pL7Gl1Sg

●きかちゃんinstagram
@think_about_kika

●SNSでの情報拡散について
SNS(Facebook、Twitter、Instagram)で拡散してもらえたらうれしいです

😊

ハッシュタグは下記の通りです。
#きかちゃんを救う会
#きかちゃんに心臓移植を
#thinkaboutkika

●記者会見@6/28 14:00〜14:30
https://youtu.be/gK5NS-BH8e4

●寄付型クラウドファンディング「シンカブル」の寄付キャンペーン
クレジットカードで寄付できるサイトで、300円から寄付できます。
https://syncable.biz/campaign/1789

●寄付について(振込、クレジットカード)
銀行口座振り込みは手数料が優遇されています。詳しくは下記ホームページ下部に記載があります。
https://www.think-about-kika.com

English

Kika-chan, my friend’s younger sister.

Kika-chan is currently in hospital with a disease of the heart. Her parents take it in turns to stay with her 24 hours a day. Without a heart transplant, Kika-chan will never be able to return home.

A heart transplant is not an easy thing to do from many points of view, but if there is a way to save a life in front of me,
I believe in hope against hope.

When there is no other way to live, when we want to have a heart transplant, and when we have to go abroad because we can’t wait here, we need a lot of money.
Today’s press conference is the start of a campaign to raise money for a heart transplant for Kika-chan.
We hope you will help us in any way you can.
We hope that Kika-chan will be present in the future.

Kika-chan Saving Society Home Page
https://www.think-about-kika.com/

Kiki-chan YouTube
https://youtu.be/j52pL7Gl1Sg

Kika-chan Instagram
@think_about_kika

About spreading information on SNS
We would love it if you could spread the word on social networking sites (Facebook, Twitter, Instagram) 😊.
Hashtags are as follows.

#Supporting Kikachan

#kikachan needs a heart transplant

#thinkaboutkika

Press Conference @ 28 June 14:00-14:30
https://youtu.be/gK5NS-BH8e4

Donation campaign on Thinkable, a donation-based crowdfunding website
This is a website where you can donate by credit card, starting from 300 yen.
https://syncable.biz/campaign/1789

About donations (bank transfer, credit card)
Bank account transfers have preferential fees. More details can be found at the bottom of the website below.
https://www.think-about-kika.com

ありがとうございました。

Thank you for the support.

La porte étroite (狭き門)

「貴方は思い違いをしているのよ、わたしね、そんなに幸福になる必要がないの。今のままの二人で、充分な幸福でしょう?」

La Porte étroite:André Paul Guillaume Gide
●粗筋

  ジェロームは12にも満たない幼い頃に父親を失い、叔父のもとで過ごす。その家に住んでいる従弟のアリサはジェロームよりも二つ年上で、妹のジュリエットは一つ下だった。アリサの母親はたいそうな美人で、この二人の姉妹は母親のようにそれぞれ魅力があったがジェロームはアリサの麗しさに惹かれていた。父親が死んだ二年後にジェロームはアリサに会いに不意に会いたいと思ったので、アリサの母親の部屋を通る。その扉は開いたままだったが、アリサの母が軍服を着た見知らぬ若者に媚態を示しているところを見てしまう。ジェロームがアリサの部屋に入ると、アリサはそのことを知っていて泣いていた。やがてアリサの母は家出する。
ある日の日曜礼拝で牧師はマタイの福音書の言葉である「力を尽くして狭き門より入れ」「これを見出すもの少なし」と語る。ジェロームはこの狭き門をアリサのドアの部屋のように思えた。アリサの母の部屋の扉は開かれていて不快なものを見せたからか、愛するアリサの部屋の扉は狭く、自分が骨を折らないと入れないような神聖なもののように思えた。

ジェロームは決心する。僕はこの狭き門へ通るような人間になってやろう、
そして、幸福のための努力を厭わないこと、これが「徳」ということなのだろうと、「幸福」と「徳」を同一視するようになる。
ジェロームは兵役に出る前に、アリサに婚約を申し出るが「幸福はこれ以上いらない」と断られる。ジェロームが君にとっての幸福とは何かとアリサに聞くと「聖なる心」と返ってくる。妹ジュリエットはジェロームに気があったけれどもアリサとジェロームが相思相愛なことを知ると他の人と結婚する。
ジェロームと離れている間にアリサは次第に衰弱していき、最後には日記を残して診療所で死んでしまう。
アリサの死後、ジェロームはジュリエットと再会した。残されたジュリエットには夫との子どもがいて、「アリサ」と名付けられていた。ジュリエットは、ジェロームが姉のことが忘れられず結婚出来ないことを知って、ある一つの部屋へと導く。それは、嘗てのアリサの部屋を思い起こさせた。
そして彼女はこう言った。「目を覚まさなければ」と。 
****
●「門と扉」 
「狭い戸口から入るように尽くせ」(ルカの福音書13章24節)
「狭き門より入れ……これを見出すもの少なし」(マタイの福音書7章13節~) (自由訳)

Efforcez-vous d’entrer par la porte étroite. 
Luc, 13:24.

Entrez par la porte étroite, car large est la porte et spacieux le chemin qui mène à la perdition, et nombreux sont ceux qui y entrent. Combien étroite est la porte et resserré le chemin qui mène à la vie ! et il y en a peu qui le trouvent. 
 Matthieu,7:13~
物語冒頭にはルカの福音書の 13章「狭い戸口」から始まりますが、実際にジェロームが惹かれたのは「狭き門、これを見出すもの少なし」のマタイの福音書7章ということになります。
この二箇所の福音書の引用は教えとしては似ていますが、マタイの場合はイエスは山上の説教で弟子達に話しかけ、ルカの福音書の場合は、十字架の受難が待つエルサレムへの最後の旅の途中で、町の人々へと語ります。マタイの狭い入り口とは「命に通じる門」、ルカの場合は「神の国」と、話の場面や軸は違いますが、門も扉もイエスのことでもあり、ヨハネの福音書の14章、「イエスは父に至る道」とも繋がります。天には住まいが沢山有り、天へと通じる道は沢山あるが、イエスを通らなければならない。イエスという存在は色んな人を受け入れる優しさもありますが、イエスでなければならないと言われると狭くも感じるのかもしれません。
その門や扉は狭いと大体の意味は同じですが、ルカのほうが悔い改めの要素が強く、「ご主人様から扉を閉められて、開けてくださいと言っても、お前たちが何処のものか知らないと言われるだろう」と、狭い扉と同時に主人から扉が閉じられているというイマージュ(image)があります。日本語だと戸口と門となるとイマージュも意味も違いますがフランス語の場合の、“porte”は門も扉も意味をします。ですので、フランス語タイトルである“ la porte étroite”とはフランス語の場合はマタイもルカも同じになります。
ジッドがそこに目をつけたのはフランス語の仕組みが故でしょう。
冒頭は読者へ向けるという意味で町の人々へと語ったルカの福音書から扉は常に閉められているようにイマージュを与え、 ジェロームには弟子達に話した「狭き門」を、彼の体感をイエスへ近い存在へと読者へと意識させます。La porteとはLaがつくので女性名詞です。ですのでジェロームが愛する女性と狭き門を重ねたのもイマージュとしては繋がります。
この世界、ジェロームの視える範囲では扉は常に開かれています。アリサの母親の不貞やアリサの部屋は開かれていて、鍵ですらも脆いのです。これは読者にとってはイマージュ世界となりますが、小説世界にとっては現実です。
この『現実世界』は常に扉が開かれているのに対し、神(主)への至る道では扉が狭く、閉じられているというイマージュがあります。どうして聖書世界というイマージュ世界は扉が狭いのか、私達はその意味を考える必要があります。 それはキリスト教の厳しさも表していて、その厳しさが神聖にも感じるのでしょう。 それと同時に、イエスの愛や優しさもわかるようになります。この相反したものは自分で感じ取るしか他に道はありません。イエスの厳しさと優しさの間をどう感じるのか、その程度も人それぞれなのです。だからこそ形の無い神秘なのだと思います。ジッドはどの程度それをわかっていたのかは分かりませんが、最後のアリサの妹が「目を覚まさなければ」と言ったことは、宗教の酔いからの目覚めにも、反対に光への目覚めにも見えます。それでもこの部屋に無垢な子どもが最後に居たことに意味があったと思います。
何故なら、天の国で一番偉い人についてイエスが小さな子どもを真ん中に立たせたからです。(マタイの福音書18章)
心を入れ替えて子供のようになる人が、天の国でいちばん優れているという。これは子どもの体温と共に感じるイエスの温もりでしょう。
****
● アリサという盲点 
 この物語の語りは主にジェロームという男性で、アリサと結婚したいと思う男性です。 アリサも彼がとても好きで相思相愛でした。アリサはまずは母親の自分の不貞や、自分の妹もジェロームが好きだということを知ること、妹が自分に遠慮したように他の男性と結婚してしまうこと、ジェロームは兵役に行ってしまうこと、それらの状況がより彼女の繊細な心へと響いていき、アリサの神への愛への言葉や、ジェロームへの愛の言葉が、次第に他人にとっては病を仄めかすような言葉へと変容していきます。
著者、アンドレ・ジッドはこれは小説ではなくて「Récit 」(物語)と線引きをしました。それは神話や童話のようにあらゆる時を超えて一人の心と「応対」するということになります。例えばギリシャ神話を読みながら、人は現代や自分の状況に照らし合わせたりします。何故、そうなるのかといえばそこには普遍的な課題や理想があるからです。この作品はプロテスタントへの反骨精神とも言われていますが、「物語」と言ったということは彼は普遍性を睨んでいたように思います。
それはアリサを説明する際によく出される「神への愛に焼き尽くされる女性」というのはアリサに限らず古い記録にもありますし、昔からイエスは美形に描かれることが多く、聖人の記録にも神と結婚したと同等の女性がいたそうです。けれども私にとっては、アリサは本当に天上への愛とジェロームを天秤にかけたのかというのに疑問が残ります。私にはジェロームのほうが天上への愛とアリサを重ねたように思えます。彼は狭き門に準えただけではなく、
「アリサといえば、福音書が教えてくれた高価な真珠のようなものだった。私はそれを獲るために自分の全てを売り払う男のようだった」
(マタイの福音書・45節~46節・また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである、のこと)

と、アリサの存在を高めています。ジェロームの視点がメインなので、アリサは実際は何を望んでいるのかということが、登場人物にも読者にもよく分からない位置に立っています。「聖なる心」が欲しいものと答えたアリサの思考と言動は、言葉で言った通りが本人の意思かどうか分からない薄弱性も出しています。それは物語後半に登場するアリサの日記にもよく出ているかと思います。彼女は死ぬ直前までジェロームの名前を口にしていますし、この日記は他人にも理解されない整理されていない文章です。誰かに見せるような目的で書かれていない文章、それがよりアリサの混沌を表しています。
物語の中で明確に分かることは、●ジェロームは信仰と共に忠誠をアリサに誓いたかったこと、● アリサは、愛するからこそアメジストの十字架をジェロームに与えたかったということです。
愛し合う男女の目的や欲求は、手を取り合うには時期や話し合い、理解しあうことが必要なときがあります。愛し合っていても、これらが適わないような擦れ違いはどうしたらいいのでしょう。
このような擦れ違いは今の時代でも普遍的にあることです。相手の幸福を願うこと、自分の幸福について考えること、愛があるが故に身を引きたいと思うこと、愛があるからこそ一緒になりたいということ、人の意思は様々で、常に他人を求めています。人間は愛する人で頭がいっぱいになりますが、愛している人が一番良く見えるとは限らないのです。 
何故、アリサは婚約よりもアメジストの十字架を与えたいと思ったのか、アメジストは「酒に酔わない」というギリシャ語の意味から来ていて、キリストの受難も表すともありますが、象徴だけを手に持ち、何故それを彼に与えるということに拘ったのか、彼が他の女性と結婚することに拘ったのか彼女の思考に論理性や法則性は見当たりません。
私はアリサという存在を「盲点」と捉えています。盲点という意味は、ある一点に集中しすぎて見えなくなること、それと反対に、気づいているはずなのに見えなくなることと二つの意味がありますが、アリサの場合はこの二つの意味を持つでしょう。登場人物や読者にとっての彼女は「盲点」です。だから、彼女がよく見えないのです。それが魅力と思う読者もいますが、彼女は正解を持たないイマージュのような存在へと移ろいます。
それはアンドレ・ジッドもよく分かっていたことだと思います。何故ならアリサのモデルはジッドの妻であり、妻は敬虔な信者だったことから妻には性的な欲求は無いのだろうと思い込んで彼女に触れなかったそうです。ジッドはアリサを最も苦手な女としました。その切捨てが更にアリサという盲点を 生み出したのだと思います。
アリサに待ち受けていたのは物語後半の日記にあるように、幸福追求による「苦悩」です。それは、愛するジェロームに対しての祈りだったように思います。常に彼女はジェロームのことを想っていたことが日記から分かります。彼女は自分一人天上への愛に胸を焦がしていたのではなく、ジェロームの幸せを彼女は祈っていたのでしょう。
この話に出てくる人は皆それぞれ人の幸福について考えています。その幸福は愛であったり、登場人物や読者でも困惑するような「幸福」でした。その中で他人の幸福を願うと同時に自分の幸福を目に見える形にしたのは、結婚し、子どもを生んだアリサの妹のジュリエットということになります。それでも彼女もアリサの死が悲しみで、一つの不幸を背負っています。彼女は最後は泣くのですから。幸福とは笑顔でいるだけではなく、手探りで、責任もあり重たくて悲しみも含めているのです。
アリサは愛するジェロームと話し合ったパスカルに対して窮屈に感じているようでしたが、実際の彼女の生き方はパスカルで言う所の「我々人間は考える葦(あし・草)」とも言えるのでしょう。彼等はすべて「考える葦」であり、音も立てず季節を過ぎ去っていくようでした。聖書世界の狭い扉と門とイマージュ、それは物語りの中で混沌を表すのではなく、イマージュの秩序を与えました。福音書の引用はこの文章世界の中での唯一の確立されたイマージュです。 箱のような部屋に取り残されたジェロームや、ジュリエットや子ども達から離れ、私達の意識の外、もっと計り知れない外に、一つの疑問が文章世界から離れて見えるはずです。
 
アリサは狭き門を通れたかどうか・・・・・・それは誰もが答えられませんが、信じようとする隠れたもう一つの希望としておきましょう。
 
目を覚ますと共に。
*(参考)
L’homme est un roseau pensant. L’homme n’est qu’un roseau, le plus faible de la nature, mais c’est un roseau pensant.
人間は一本の葦に過ぎない。それは自然の中で最も弱き存在である。 しかし、それは考える葦なのだ。(パスカル)

*聖書の引用について、ジッドの邦題が「狭き門」と文語体であることから文語体寄りの自由訳に統一しました。現代では聖書ではこの訳は「狭い門」となっています。

ポーの一族(萩尾望都)

●兄さん わたしたちは いつまでも 子どもでいられるの
だから いつまでも はるかな国の 花や小鳥の夢をみていていいのね
 
●あの子はどこ? 思い起こすだけで 幸せにはなれない。
 
● そら あなたは また笑う。 
ポーの一族・(はるかな国の花や小鳥の章)
エルゼリとエドガー

●「ポーの一族とは」

この作品が発表された1970年頃は「花の24年組」と言われる女性漫画達が、少女漫画というものに文学性や哲学、宗教観等を盛り込んだ。
ポーの一族とは、バンパネラであり(ヴァンパイア)、成長を止め、半永久的な命を約束されている一族のことである。彼等は長い時を超えて、時々愛する人間を仲間にする。エドガーとメリーベルは兄妹だが、ポーツネル男爵とシーラ夫婦は本当の両親ではない。そんな夫婦と一緒に家族を装い、時を超えて旅をする。19世紀、アランという美少年を気に入った兄妹は彼を仲間に入れようとするが、上手くいきそうにもなかった。
そんなある日、シーラは若いクリフォード医師に、この世のものでないと気づかれて殺されてしまう。それから立て続けに妹のメリーベルも殺される。

一方、アラン一家でも、母親がアランが嫌悪感を抱いている婚約者・マーゴットの父と親密な間柄であることを知る。婚約者の父親は急いで逃げるアランを追いかけ、マーゴットとの結婚について執念を見せるので、アランはただ彼を振り払うだけのつもりが、階段から落としてしまう。
「人殺し!」
「人殺し!」
とマーゴットが叫んだ。アランは自分の部屋に逃げるが、執事が扉をこじあけるのは時間の問題だった。そんな、追い込まれたアランのところに、エドガーが部屋の窓から声をかける。
「きみも おいでよ ひとりでは さびしすぎる」
すぐに、執事が父親の無事を伝えにアランの部屋の扉をこじ開けたが、既に、エドガーはアランを連れ去っていた。
まるで風に連れていかれたように。
アランはメリーベルを女性として恋をし愛していた。エドガーはメリーベルを兄として、そしてそれ以上に愛していた。二人の長い旅は過去の記憶の回想を交えて進む。それは読者を一族の謎、アランとエドガーの葛藤へと運ぶ。それに伴ってどんな時間へ行っても、思いを超えても、消えて二度と戻ってこないメリーベルの姿を濃くさせていく。
左 エドガー 右アラン
メリーベル

●はるかな国の花や小鳥

今回は、ポーの一族の中の「はるかな国の花や小鳥」という話を紹介する。
エルゼリは、一時だけ過ごしたハロルド・リーのことをずっと想っていたかった。彼が約束通りに迎えに来なかった上に、他の人と結婚したと知っても、彼のことを期待するわけでもなく、彼を愛したまま時間を過ごしていた。美しいエルゼリ、近所の少年達も彼女に憧れを抱いていた。そんなエルゼリのバラが咲く庭にエドガーが現れる。彼女は彼の美しい青い目を見て、「ユニコーン」と呼ぶ。ユニコーンは処女の乙女を愛する。エルゼリは大人なのにそのような女性だった。だからこそ、そんな伝説を思い出させるような始まりだった。エドガーは時を超えて、神話のように現れては彼女に興味を持ってしまい、ハロルド・リーを見に行ってしまう。彼は他の人と結婚をしただけではなく、エルゼリそのものを忘れていた。ショックを受けたエドガーは彼の元をすぐ離れる。それから数日後、ハロルド・リーの中で何かが引っかかったのか、エドガーに似た少年を見つけ、彼を追って事故死してしまう。
  エルゼリとハロルド・リーと一緒にいた思い出は事実だったが、時が経つにつれ、彼と交れないことによってその思い出が夢想であり、幻のようになる。彼女はそんな幻を抱きながら内面世界の中で暮らしていた。
彼女はただ微笑んで、外界世界が自分の内面世界を傷つけないように彼女は駒を進めなかった。それがエドガーという少年の影響で駒が大きく動き出してしまい、守りでずっと動かなかった彼女は、手首を切ってしまう。
 幸い、エドガーの発見のお陰で一命を取り留めたが、エドガーとアランが旅立った三年後、エルゼリは病死する。

●あの子はどこ? 思い起こすだけで 幸せにはなれない。

 音楽には神童というものがいるが、文学はある程度の経験を積まないと完成しない何かがある。(これは漫画なので位置付けは難しいが文学と言っても良いだろう)
「思い起こすだけで 幸せにはなれない」少年エドガーのこの台詞、突然失った妹のメリーベルのことを言っているが、この言葉自体は若くても思いつくことかもしれない。
それでも、この頼りない言葉に重みが出て深みが出るのには経験を積まなければならない。
ヴァンパイアの存在を大体物語りにするとしたら、彼等は人の時間の流れの摂理から括弧に入れられたようになる。他が老いていくのに対して自分だけが成長を止めて、知らなくても良かった時間を知っていく。彼等は肉体の成長が止まるけれども、人間世界と共存し心は持ち続ける。その影響で、その年齢にはふさわしくない目になっていくが、肉体が故に、心を操る精神はある程度止まってしまうようだ。

それは周囲が彼等の肉体で判断し、子どもとしてしか扱わないせいなのかもしれない。その年齢に応じたように、その人の立場に合わせて人の声や世界は本人に届いていく。
 長い時を経て文明の変化を目にしても、幼い自分に向けた視線は永遠に変わらない。思い返せば、大体自分に対する人の見方というのは年齢の成長と立場によって変わっていく。これは世界の一部は自分に合わせて動くということでもある。1世紀を超えても彼等にとって自分にむける世界の声はあまり変わらなかった。ポーの一族と呼ばれる大人達は一族の血を絶やさないために人間を仲間に入れていたようだが、エドガーやアランは違った。夫婦のように長らく愛せるもの、親友のように信用出来るもの、長く愛することによって精神を成長させたかったのかもしれない。しかし、その年齢に応じたような結末ばかりを迎えてしまう。(リデルは除く)メリーベルは既に幻姿同様、「思い起こすだけでは 幸せになれない」と、もう自分達の成長には携わってくれない。
それを「孤独」とあらわすのか「自由」と表すのか、エドガーとアランは孤独―深い影自由―変わらない美貌の両面を露にして読者に見せる。彼等は感情は喜びや悲しみ、怒りは隠さない。
エドガーは、自分と似たような内面形成をしてしまっているエリゼリに惹かれた。

メリーベルを彷彿とさせるエリゼリに惹かれた。

不思議なことに、彼女の周りの人間も彼女を傷つけないようにと派手な動きを見せない。誰もが強引なことをしないのだ。周囲の彼女への態度は常に一定、彼女に気があるヒルス先生も奥手なだけなのか、彼女に踏み込めない。完全なる配置、彼女は人間の力でそれを成し遂げていた。彼女がエドガー達と違うのは「悲しみ」や「孤独」を見せないところだった。
エドガーは自分と同じように彼女の心の奥に「孤独」があるのかどうか知りたかっただろうし、彼女は他の人にも愛されていて、幸せはすぐそばにあるのに、何でこの人は目覚めないのだろう、孤独を教えてやりたいと衝動が出たのだろう。
それは長い時を経た大人の男性の愛とは違う、幼い衝動に過ぎなかった。エドガーもまた成長を止められてしまっているからだ。

その幼い衝動が、彼女の夢想の相手である男の死へと運命を動かしてしまう。

人を愛することは喜びだけではいられない、それを一番分かっているのはエルゼリだったのかもしれない。
分かっているからこそ捨てた悲しみは、常に微笑むことを忘れない。けれども、微笑み続ける理由をなくしてしまった途端に、世界が終わったと終止符を打とうとした。
エドガーはアランを連れて、エルゼリから離れるときに泣いた。

エドガーというユニコーンは、エルゼリが大人だと知って離れたようだ。

時が動いてしまったということ、彼女が捨てた悲しみの代理人のように。

●感応

この話を初めて読んだのは5歳の頃だった。「好きなお話は人生にうつるから、読むのなら明るい話にしなさい」と母によく言われたけれども、この本を渡したのは母だった。この本は5歳からの付き合いとなる。

「兄さん、わたしたちは いつまでも 子どもでいられるのだから いつまでも はるかな国の 花や小鳥の夢をみていていいのね」

メリーベルのこの子どもらしい言葉、
大人は、子どもはこういう夢を見ていて、大人はこういうことを考えなくなるとよく言った。けれども、子どもの頃の私にとってはこんな夢想は初めからは無かったような気がする。鳥や、花は目の前にある現象に過ぎなかった。誰かが花が綺麗だと言って、誰かが小鳥は自由だと語った。 何が美しいのか、何が心地よいのか、自分に向けた声、自分に向けられたわけでもない情報、それが私の知らない間に形成されて私の心の一部となって、私の心として動いていく。

これを『感応』と言うのか――感応とは、事に触れて心が感じ動くことであり、人々の信心に神仏がこたえることと、感受性と神仏との両方の意味を持っていて日本人の私にとっては説明しやすい。私にとってもこれは両方の意味があると思いたい。 感応とは知らないことでも心が動かされる。
  意味は分からなくても美しいと分かる話、読めば読むほど、外の世界が違って見える話、自分の眼がより光を好み、影を軽視出来なくなり、盲点へと近づきたくなる。
そういう作品の一つがこの「ポーの一族」だった。 私にとって、この作品はバンパネラのように子どものままでいたいと思わせるのではなかった。
幻姿に見せかけた美の完成形は大人にならないと書けない。
これは私に、大人になるということの期待を与えた。
こんな大人は何処にいるのだろうと思った。心の何処かで私もそうなりたいと思ったのかもしれない。 やがて、大人になると幻姿は捨て切れなかった幼心のように変化していた。
とても好きな話。 幼い頃、意味が分からなかった話が説明出来るようになる。漫画は句読点があまり無いので引用するとき少し違和感があったけど、それでも好きだと書いたのは初めてかもしれない。
ポーの一族・萩尾望都 小学館文庫
   サムネイルデザイン・編集:ChrisKyogetu
 
その他、引用や単行本に収録されている画像の著作権は著者及び、小学館文庫に帰属します。批評集未収録作品 

Anne with an E

「我が人生は夢の墓場」
「感動には大げさな言葉が合う」


不幸を感じないことが

幸せとは限らない。


祈りの言葉を覚える前のアンの想像癖を見てるとそう思う。

次第に彼女が持っている想像力が 本当の意味で生きていくところが良い。


赤毛のアン、アン・シャーリーは 生まれたすぐに孤児になり、小間使いとして転々とし、ずっと不運だった。自分は不運だということを感じなくなる程、彼女の心は想像の世界や、心のお喋りでいっぱいになる。そんなアンがマリラとマシュー兄弟に養ってもらうようになってから、人生を切り開いていく。



「我が人生は夢の墓場」
これは原作の赤毛のアンの

“My life is a perfect graveyard of buried hope”
That’s a sentence I read in a book once,
And I say it over comfort myself whenever 
I’m disappointed in anything.

我が人生は夢の墓場、一度だけ本で読んだことがあるの。 絶望したとき、この言葉を慰めにしているの。

と言うと、育ての親になるマリラは何でそんな言葉が慰めになるのか
分からないと答える。






マリラのお祈りをしなさいと言うことやアニメでもあったマシューの最期の、「でもわしは、1ダースの男の子よりも、アンの方がいいよ。(略)アンは自慢の娘だよ」という台詞が好きだ。マリラとマシューは結婚せず姉弟で過ごしていたので、子どもがいなかった。お手伝い役として男の子を欲しがったが、アンを引き取り、子を育てる充実感を手に入れた。最近、私は死に役ばかりだったせいか、アンが受ける恵みは 生を受ける喜びを感じるなと改めて思った。


お喋りで想像力豊かだったアンは、お祈りの時間は自分の心のお喋りをやめてするようになった。 そのお祈りする自分の部屋で、やがて出来た親友のダイアナと蝋燭の合図を窓辺で送り合う。


ある スペインの修道士の本によると、イエスが来る前は、友情の言及というものは男性同士ならあったけれども女性同士では如何わしいものとされていたらしい。友情というのは一定の平等性が必要とされていて不可能だと思われていたからだ。そこでイエスがやってきて『あなたたちは皆わたしの友人である』と言い、新たな道を開いた」とあった。そう考えると何気無い、アンとダイアナの女同士の友情もイエスあってのこその道のりなのかもしれない。
とにかく アンは可愛らしい。あの駅で、迎えを待つ姿とか何かが始まる予感がよく書けていて、私の心は時めいた。
劇場版とNetflix版でも赤毛のアン
「アンという名の少女」
がやってて、とりあえずNetflix版を見ることにした。
何だろう、競合作品なのかしら?


シーズン1は 牧師夫婦が来なくて
保守的であまり好感が持てない
牧師しか出てこない。赤毛のアンは牧師夫人が出てくる
あたりから確か面白かった記憶がある。

シーズン2があるならシーズン2に期待。 

果たして出てくるかな?

OPは 元からファンだった
brad kunkleのデザインで
ご機嫌だったけど、

こっちは虐めとか、色々脚色入ってて
原作より胸が痛いかもしれない。
人間のコミュニティでいえば必ずある
ような出来事で真新しさは無いけど、
ドラマ版では、

マシューは銃で自殺しようとするし、
(何処かで見たことがある
圧迫感だな、今の流行りかな、
ブレイキングバッドみたい
だな)と思ったら、本当にブレイキングバッド
の脚本家だった。



*画像の著作権は映像元にあります。

nest

―――鳥の巣の営みを人間の例え話(詩情や比喩に)使おうとすることは早計である。鳥の営みと人間の生活とはまるで違うからだ。よく巣を観察すること……
そして、断言出来ることは
現象学者は必ず鳥の巣に
惹かれるだろう。―――
*****
これはあるフランスの哲学者の話(仏語版・訳は掻い摘んでいます)です。
最初にこれを読んだときは入院中のときで、心には来なかった。それなのに数年後、書きかけの自分の小説と繋がることになる。気がつけば、彼の予言通りに私は鳥の巣に惹かれることになった。

自分の信仰とは別に、色んな人の話を聞いて回った。聞いただけではなく、「経験」という小世界を形成してきた。そんな自分が目指すのは、「原稿」であり、小さな生命を育てている。まるで自分は鳥の巣を作る鳥のようだと気づいたのだ。そしてこの小世界は鳥の巣と同じように永遠では無かった。
営みと言ってもすれ違ってしまったこと、
愛であると疑いたくなかった繋がり、
そういったものもあった。
人間の営みは
鳥の営みに例えることは確かに早計なのだ。

鳥の巣の成り立ちは神学と哲学、世界の内面を繋ぐとき、人間の感情や言葉では足りないものを上手く纏めてくれていると私は胸を時めかせた。

「鳥の巣」これこそ人々が重ならないものを固めた「詩情」なのだと私は疑わなかった。
鳥の巣はあまりにも精巧に作られていて人間が似たような草木を集めただけでは作ることは恐らく出来ないでしょう。いつも図鑑や非売品のショーケースから見つめるだけだったけれども、漸く本物の鳥の巣を手に入れることが出来ました。(イギリスから来たそうです)
*****
今回の小説は「営み」や「愛」を結論とすることは容易ではない
テーマを選びました。だからこそ、この鳥の巣の営みと人間の例え話を並べることが出来ないということに結びついたわけです。
心臓部分となるものは冒頭にあるとおり「愛の裏」であり
造語までした「栄巣」ということです。
*****
*羽はカラスの羽です。(ワタリガラスではありませんが)完成してから数日後、木の葉が揺れる音と共に空から降ってきたのを取ったものです。とても嬉しくて、必ず取らなければならないような気がして、私はヒールで走って手を伸ばしました。
*暫くは少しだけ動物の匂いがしましたが、今はもうしません。
壊れやすそうなので気をつけて撮影しました。どんな風に撮影するのか実はまだ良いアイディアが無くて、とりあえずこんな風に。
あんまり出したりすると壊れそうなので、もっとアイディアが纏まったときに新しく撮影するかもしれない。(巣:セキレイ)
◎鳥の巣を買った店→http://www.piika39.com/

走った靴(プラットフォームパンプス8~9cm) 
この記事は作品を読まないと分からないように書きました。




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「走れる靴と、走れない靴

私たちは愛の裏で動いていた」

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発売しました。

amazon.comから順次発売

 https://www.amazon.com/Icon-graph-Japanese-Chris-Kyogetu/dp/153493037X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1468688909&sr=8-1&keywords=chris+kyogetu

amazon.co.jpでも取り扱いになりました。
(旧バージョン)
https://www.amazon.co.jp/Icon-O-Graph/dp/153493037X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1468776277&sr=8-1&keywords=153493037X

(新バージョン)
https://www.amazon.co.jp/Iconograph-Chris-Kyogetu/dp/1976468949/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1512298868&sr=1-1


紀伊国屋
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9781534930377

barnesandnoble

http://www.barnesandnoble.com/w/icon-o-graph-chris-kyogetu/1124114276?ean=9781534930377

あらすじ(英語版のみ 後書きつき)

https://drive.google.com/file/d/0BxNLSoqVr3MzWTRoU1RCb0JtNEE/view  (Japanese)

https://drive.google.com/file/d/0BxNLSoqVr3MzbXB6Y2hBZUF1X1U/view (English)

試し読み

https://drive.google.com/file/d/0BxNLSoqVr3MzNXB3QVRlcEQwbkk/view


(keyword) 走れる靴と走れない靴、時を知らされない部屋と、時に決められた部屋。生の飛躍、 自由な魂、ウンディーネ、青を知らない女の子、QOL、祈りのための茨の棘、自己犠牲、悪しき母たち、 赦し、生長、変容、白夜、落ちた巣、天文時計、シモーヌ・ヴェイユ、占星術師達、 魅惑に満ちた混乱、最高の現象、時が人格を持つ、神話の実現、最先端医療、 不在への期待、オーディンの渡鴉、ベツレヘムの星、修理士、選ばれた部品、ロザリオリング、 栄巣、営みへの期待、刺繍、サロメ、硝子盤、羅針盤、解放、詩情のようで現実
(順不同)

「生かされていることや生きていること、信じていること、私達それぞれ違うこと、それらが一致を夢見て、離れてはお互いに締め付けながら、茨のように締め付けあいながら巣を作る」

栄巣(p278)

栄巣とは造語です。 

(2)→http://chriskyogetu.blogspot.jp/2018/03/icon-o-gaph2.html



オプス・デイ
酒井 俊弘神父様より


https://drive.google.com/file/d/1IWf3mKShI53901pN2mijLoOATJsu77CH/view

担当より(ネタバレ注意)

https://drive.google.com/open?id=1RpeFu9kzV4oSVVIAQmRiF_FpEH00NdcD


瀧本 往人様(哲学)

https://drive.google.com/file/d/1WzZ1Uuo1R5CAIi1hF8WX1xiCu-Pe7prI/view?usp=sharing


松本准平様(映画監督)

http://chriskyogetu.blogspot.jp/2018/03/blog-post_16.html


女子パウロ会

http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/09/blog-post.html

瀬戸内寂聴様

保留+好評価


皆様の感想
http://chriskyogetu.blogspot.jp/2018/03/blog-post_15.html



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