夢の話

 三島由紀夫が出てくる夢を見た。第一作の冒頭の詩を誉めてくれた。第二作はまだ読んでないと言った。でも冒頭の「私達は愛の裏で動いていた」というのは非情に美しいと誉めてくれた。第三作の類稀なる誠実な病は「この裏切った神父に手加減した感じがする、もっと洗いざらい書いたほうが面白いのではないか、醜いぐらいに」と言われた。確かに、発売直後に宣伝も全部、手加減をし彼を許してしまった。宣伝方法も変え、神父がどの神父か特定出来ないようにしてしまった。私は言った。「もう彼は悪くないんです、私も悪かったので彼だけを悪者には書けないのです」と言った。それに対して、三島はそれは間違っている、彼はもう存在していないつもりで書いて、作品の完成度だけを見つめていろ。作家として宣伝しろと指摘して、私に出なおしてくるように言った。(2019年04月26日の夢)

意識がしっかりし始めたのは三島の肉声を聞いた後だった。

何が正しいのだろうか。

Pangaea doll 新聞社に紹介される。文学雑誌@bookport(廃刊)に2010年の一番星に選ばれる。千部売り上げる。数々の専門家に評価される。ドゥルーズの器官泣き身体、卵と評価される。ヨハネの福音書 15章18節、他黙示録(乙女と竜)


Iconograph    瀬戸内寂聴、松本准平に楽しんで読んでもらう。キリスト教徒として最初で最後の作品。数々の専門家に評価される。芸術寄り。5千部売り上げる。数々のメディアに紹介される。amazonでも公式ページを作ってもらう。北仙台教会がモデルに一部使われている。他はドイツの教会がモデル。女子パウロ会に評価される。マタイの福音書13章。ヨハネによる福音書14章 


類稀なる誠実な病
 まだ発売したばかり。Kindleのみ。賛否両論別れ、女性層F2に支持されている。男性の醜さを表し、女性の愛さずにいられない性分を表している。堺教会がモデルに使われている。マタイ福音書1820
『二人、または三人が、私の名によって集まっている所には、私もその中にいるのである』
紹介youtube再生回数1ヶ月で2万回超える。



Pangaeadoll 
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類稀なる誠実な病

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Icon o graphという理想

  私は4年間カトリックに在籍していた。その間、実はまともな神父に出会ったことがない。「神父から」恋されることも多かったし、断ると口を利いてもらえなくなった。一人、付き合うことになったら、彼は自分の立場が危うくなってくると私を簡単に捨てたので、私は自殺未遂を図る。


 
第一作品目のPangaea dollは特殊な詩的表現が強く、読む層を特定出来ないが、この世から見捨てられたような感覚、主人公の不安定感というのは共感するだろう。

Iconographは主人公の川村光音と、準主役の羽根が理想的な人格を持っている。なので醜さを感じないまま、この世界の透明感を堪能出来るだろう。


第三作目となる「類稀なる誠実な病」は第一作品目の「pangaeadoll」の実際の体験をフィクション世界に転換させ、追求したのとは間逆に、ノンフィクションに寄っている。もしもこの作品に嫌悪感を感じるのなら、これがカトリックだと私は言いたい。だから批判も私にとっては肯定になってしまう。何度も言うがカトリックを選んだ人は善意を捨て、私を捨てた。これが現実だ。私の教区ではこれしか現実がなかった。(酒井司教を除く、彼は善人であり常識人だった)


貴方はどの世界から体験しますか? 


Pangaea doll 新聞社に紹介される。文学雑誌@bookport(廃刊)に2010年の一番星に選ばれる。千部売り上げる。数々の専門家に評価される。ドゥルーズの器官泣き身体、卵と評価される。ヨハネの福音書 15章18節、他黙示録(乙女と竜)


Iconograph    瀬戸内寂聴、松本准平に楽しんで読んでもらう。キリスト教徒として最初で最後の作品。数々の専門家に評価される。芸術寄り。5千部売り上げる。数々のメディアに紹介される。amazonでも公式ページを作ってもらう。北仙台教会がモデルに一部使われている。他はドイツの教会がモデル。女子パウロ会に評価される。マタイの福音書13章。ヨハネによる福音書14章 


類稀なる誠実な病
 まだ発売したばかり。Kindleのみ。賛否両論別れ、女性層F2に支持されている。男性の醜さを表し、女性の愛さずにいられない性分を表している。堺教会がモデルに使われている。マタイ福音書1820
『二人、または三人が、私の名によって集まっている所には、私もその中にいるのである』
紹介youtube再生回数1ヶ月で2万回超える。


:カトリックとしては正しいのかもしれない。
善意は働いていない。善の墜落である。


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何故惹かれたのか

   なんでマルクスガブリエルの「なぜ世界は存在しないのか」にひきつけられたのか分かってきた。


 処女作のpangaea dollでは架空の生き物の存在論まで掘り下げて語っている。思考の中にある世界は、思考の中でしか存在せず、実際、自分の外から出れば存在しないのではないか?という問いが、入れ子方式に世界が繰り広げられて、「私」という主体性の外に何が存在しているのか分からない、という構造が似ていたからかもしれない。そして今更になってpangaea dollを見直し始めて、手直ししなくちゃとまで思っていがけれども、このまま押し通そうとも思うのもこれらの流れかもしれない。
昔の私、頭いいな。懐疑的で。これを押すべきだなとも思う。イコノグラフと同じぐらい。

pangaea doll はこちらで購入できます。
なぜ世界は存在しないのか(1)


(2)
(2.5)
(3-1)


 (3-2)

(3-3)

 youtubeをなんとなく始めました。


司祭は人を愛することが難しい


イコノグラフを想って
「類稀なる誠実な病」
酒井司教、女子パウロ会、松本准平監督、瀬戸内寂聴からも楽しんで読んでもらえた
イコノグラフはこちらで買えます。

アマゾン→https://www.amazon.co.jp/Icon-graph-Chris-Kyogetu/dp/153493037X/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1512118298&sr=1-2

紀伊国屋→https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9781976279713

pangaea doll

pangaea doll
「私は私のために、私、一人のために、一人孤独と思い、一人哀しいと知る。この感情、連呼する私という言葉に何の意味があるのだろう。斥力によって引き裂かれたモノと誰にも分からない真意。沈黙が私を守り、不確かな引力の存在をひそかに感じながら私はそれを追わずにはいられない。長い独白は世界を切り取り、私を独りよがりにさせた。創り上げたものと私との境界線が消滅し我が身の足枷になり時が止まる。それでも禁じているものを解き放ち、事実に到着することなく最後までフィクションでありたい」

パンゲア症候群、それが私の病名だ。
主な症状はマインドレスによる幻覚症状。治療法は存在しない。
(引用)
 元旦那であり、担当であった彼が、この最後の治療法は存在しないとは、
君のことだねと言った。ずっと作家で生きていくっていう暗示だよと言った。
――この作品発表は、もう約9年前になるが、これが私の処女作である。ジャンルとしては文学であり、この頃はガイア論であり、宗教とそうでないものの狭間であり、ユング心理学、(集合的無意識)に特化している。この頃の想像力の放出は若さ故のものがあり、今には無いものであるかもしれない。この頃は哲学も宗教の知識も今ほどはない。しかし直感に従い、後から哲学がついてくるという事が起きていた。
第三作の「類稀なる誠実な病」とはノンフィクションに近いフィクションとは対照的な作品であり、この幻覚を見るかのような想像体験は実体験でありながらも、主人公の翔子を想像の産物になるまで磨きあげたものだ。この頃は、事実であってもフィクションまで磨き上げることが美徳だった。この話の構想は私が小学校時代からあった。

話の概要は簡単に言えばこうだ。翔子は父親の突然の死から、竜と出会い、その幻想を追うように物語を書こうとするが、受験や大人になるためにお話しを未完に終わらせてしまう。翔子は子どもの頃に竜に約束をしていた。人生がうまくいかなかったら迎えに来てと。

大人になった翔子にその竜が迎えに来たかのように、翔子を幻想の世界へと誘う。これが、彼女を愛する村下(ムラジ)が翔子と同じような症状の病を見つける。それが「パンゲア症候群」。昔、パンゲア大陸が一つであったことから、皆、似たような妄想、島、竜、レーテ、と似たような幻を追って自殺するという病だ。このような共通点から、彼女は「パンゲア症候群」ではないかと、ムラジは治療法を探そうとする。丁度、翔子の話の構想と似たような映画を作った映画監督が自殺したところから、恋人、ムラジは「パンゲア症候群」だと確信を得る。しかし、この病気の研究が打ち切られ、こんな病気は存在しないということになってしまった。主人公翔子は幻想と症状に挟まれる。翔子の目の前に竜が最後に登場する幻想的なシーンは色んな出版社に評価されているし、ドゥルーズの「器官なき身体」「卵」と評価されている。生の小説とも言われている。
何故、この作品を暫く隠していたのだろう。キリスト教徒になる前の作品だからと恥ずかしがっていたのも事実だった。実際に教会の人に勧められなかった。でもそれはバカだったと思う。カトリック除籍してからこの頃の純粋さと力を恋しくなった。作品の芸術性に関しては第二作の「イコノグラフ」のほうが、レベルが桁違いに違うだろう。けれどもこの作品にはパワーがある。是非とも読んでほしいと言える私がいる。そして、第二「イコノグラフ」、第三「類稀なる誠実な病」と、私の力を見てほしい。この作品も発表当時は2年間で20冊としか売れなかったが、今は千冊は売れて、今でもちょこちょこ売れている。ありがとうございます。
(イコノグラフは5千部)
またこの作品を押しても恥ずかしくない自分に戻ってきた。
pangaea dollの詩
この頃は詩も多い。
こんな詩は二度と書けないんじゃないかと思う。
19歳のときに書いた詩である。
傍に先鋭、精悼試すは地悉。
境涯や心外や盛大に祝うは天下。

それがパロディ。すべてはアイロニー。
曖昧が心を響くが映る空は見抜く。
エコーは響くが空言で、見える謎は脅威。
見つけて埋まらなぬそれは戯言の気配。
脅迫のエネルギー 抑えるのに協議。
円満に放漫に解いている答えは真偽。
騒ぐ習癖を攻めるは新奇。

投げるは我が影でも伸びる戦意は当為。
消えたと思えば、再現し退屈待遇極まりなり。
エラーを発信するのは、遠方の広がるまれなる浅才の声。
それを見失うのは、醍醐味の見習うべき大衆の声。

透明の理性、映るは愕然。
理解や虚栄やすべて同じと歌うは干渉か。
すれがパロディ、すべてはアイロニー。
見つけしが絶唱の永遠の夢。

追憶はすべては痛快で痛切通年追従なり。
エラーを叫ぶのは、遠方の広がるまれの才の声。
それを見失うのは、醍醐味の見習うべき大衆の声。

エラーが鳴り響くその声を
解決求める声が重ね響く。

それを弾き恥じるのは当然、未遂の我が心。
pangaea doll はこちらで購入

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