The Third Night-Possession

「お祝い事は、苦しみの裏で時間を止めたように行われる」

所有

主に愛というもので、愛は恋愛にとどまらないことを知っていくことが人間としての、「営み」のような気がしている。特に「所有」というものは、興味深い。まずベルクソン哲学の「所有」が思い浮かぶが、彼は、reprendre possession de soi、つまり「自己の所有を取り戻す」と言っている。ここでの所有は、物を支配することではなく、世間・言語・外的時間に奪われていた自分を、もう一度、自分の内側の流れへ戻すことになっている。普通の所有は、対象を外に置き、「これは私のものだ」とする。ベルクソン的な所有とは、自分が自分の外へ流されてしまっている状態から、もう一度、自分の生きている時間を内側から生き直すことになる。

スタンダール的な所有は、またこれとは違い、「相手」や「対象」に向かうことであり、愛する人、憧れの対象、自分の欲望や夢が「結晶」となる。これが世間一般的な所有なのかもしれない。

祖父の「聖書」に関しては、興味深いことに両方の作用を持っていた。あくまでも私の視点の話だが、祖父はキリスト教徒ではなかったので、生前に聖書を愛読している様子も見せなかった。祈っている様子も見せることもなく、理系でありながら、文学が好きだった。

祖父が聖書に関することについて、片鱗を落としたのは一回だけだった。

その日は、花祭りの日だった。私は幼稚園の行事で、ブッダの誕生日を祝った。小さな釈迦像に甘茶をかけたことを「とにかく綺麗で楽しかった」と、私は、帰ってから、その話を祖父にした。祖父は時々、グリム童話のような語り口を持っていた。単純に「それは良かったな」とかそういうことは言わず、「お前は、御伽話に水をかけてきたのか?それとも、本当にあった話だと思って水をかけてきたのか?」と尋ねた。

私は、「御伽話」と咄嗟に答えてしまった。祖父は、「お前は御伽話に水をかけてきたのか?」と言ってきたので、私は少しムキになって「シンデレラや、人魚姫と同じ。居ないとわかっているけど、本は中のお姫様が可哀想だから捨てたくないのと一緒。眠るときに、想像しないと眠れないの。だから、水をかける時は本当にそうだと思ってやった」と答えた。続けて祖父は、「それは筋がいい」と褒めた。そして、西洋の旧約聖書のモーセは、生まれた後に争いの中、川に流された子供だった。『救いの存在』という存在が現れる時というのは、最も人間が貧しい時だという話をし始めた。

彼が籠に入れられて流されるのは、ヘブライ人の男児が殺されるという暴力の時代に生まれたからで、モーセの物語は「赤ん坊が守られた話」であると同時に、最初から「争い」「迫害」「民族の苦しみ」の中にある話だった。

ブッダの生い立ちは、人間の苦しみ、老い、病、死、執着、争いを見ていく存在になる。

「お前は、いつも、なんでお祝いごとは、そういった苦しみの裏で、時間を止めたように行われると思うか?大人になったら、考えてみたらいい。他の宗教者はみんな俺をがっかりさせるばかりだった。 お前はきっと俺を、がっかりさせない才能がある」と話は終わった。

翌日に「聖書は読んだ方がいいの?」と尋ねたら、

「好きにしたらいい」と言われただけだった。

読め、とも、読むなとも言わない。

「何してもいいが、詩人になれ」と言った。

特に、聖書に関しても、詩に関しても何も手引きを教えてはもらわなかった。あとは、祖父には貧しい時に、英訳の聖書を神父か牧師に貰って、それで語学は勉強したが、「俺は無神論者だ」と聞いたことがあった。

私は、祖父は神がいないものとして暮らしていると思っていた。祖父が生前、机の上に置いていたのは、投資の本や、もっと実利的な本ばかりだった。聖書の話はそれ以降はしたことがなく、その話すら、私が大人になってくると、記憶違いのようにも思っていた。

私は日本から離れて、帰国後は、自分の生活で精一杯で、家族のことを顧みずに、婚姻のために2014年にカトリックに入信した。相手の男とは、本の中で聖書が一番好きだというところが意気投合し、イエスに対する価値観も、お互いで愛の結晶かのように「所有」していると思っていた。その上、洗礼を受けた方がいいというのを言ったのは男の方だった。特に聖書に関連する文学を、その人と共有した。私は、それで教会を探して、すぐに受け入れてくれる話に飛びついた。けれども男が、急に「カトリックに入ることはできない」という事情によって婚約を解消し、私は一人で、聖母マリア飛昇天祭の洗礼式で、望んでもいなかった共同体と対面し挨拶をした。まるで、心に愛があるような装いで、空席を隠すように喜びという演技をした。勿論、本当に嬉しかった面もあった。けれども、この洗礼式の挨拶のお辞儀を思い出すたびに、私は涙で全てが溶けて消えてしまいそうだった。

私は洗礼を受けた。
その一週間後、祖父は死んだ。

2025年、久しぶりに祖父の家に行くと、祖父の書斎が残っていた。祖父の生前の『完成された原稿』が机の上に置かれてあることは、親戚から説明を受けたが、ほとんど、あれから書斎は動かしていないそうだ。私が最後に見たときは、書斎の机の上には、実利的な本しか置かれていなかったはずだったが、入れ替わっていることを知った。

 まず驚いたのが、エドガー・アランポーの「アナベル・リー」の話について、

私も何度も翻訳をしていて、陶酔していた詩を、祖父も好きだったということだった。

「詩」というファイルの中で「7回目の翻訳」「8回目の翻訳」と何度もしていた。

私はエドガー・アランポーの新装版の全集を買ったが、昔の装丁のペーパーバックで中身は同じのものを祖父が持っていたことを知った。そして、古びた洋書が並ぶ中で、中央に一冊だけ日焼けをして、タイトルがわからないものがあった。私はそれを何気なく手に取ったら、「聖書」だった。手荒に使ったら、ページが崩れてしまいそうな劣化具合で、既に、一瞬でページが数ページ落下する。しかし、それが、あの微かな思い出の中で、語られた聖書だったのだ。祖父は、確かに聖書を貰っていた。本当に、あの話は本当だったのだ。記憶違いとまで思うようになっていたことが、本当だった。

表紙裏には、「三年間、この学びを謙遜の種とする」と書かれてあった。

***

いつしか愛に関して、私は「所有」したいという感覚が薄れていた。段々と、愛おしいと思うことでも、愛という言葉で物事を区切らなくもなっていた。手を差し伸べるのも、経験による反射、さほど考えもなく、結果として、受け取った時に少し温もりがあると人生が潤っていると、得したなと思い、それ以上は渇望しなくなった。ただ、洗礼の前から愛は浪漫でもあり、アガペーでもあるということは知っていた。この二極から離れられなくなり、悲しい最後になれば、アガペーで片付けることばかりだった。文学はやっぱり「愛」を書きたいと思いながら、思うようにいかなかった。愛については、受け入れられる定めと、そうでないものがあった。本当の愛はこうだと説く人は、所詮は人生観から離れているわけでもなく、信仰の一部になっているだけで、愛の真理を知り尽くしているわけではない。それなのに、キリストに通じる愛と、そうでない愛を区別しようとする。正直なことを話すと、キリストへの愛は、男女の間では浪漫でもあった。「同じものを所有している」それがとても特別のことのように思えていた。反対に、友人や、祖父、父の、本当の死を目の当たりにすると、聖書は、生きている人の夢物語でもあったのかもしれないと、死神のような存在が私を包んだ。それでもなお消えない、夢の延長かのように、自分の心象にイエスがある。それを、どのように確かなことかともいえないまま時が過ぎていた。

福永武彦は、「所有」について、情熱には何かを獲得しようとする働きがあり、愛もまた「所有への願望」として現れる、と見ていた。名声欲や金銭欲が地位や財産を所有しようとするように、愛の場合には、ある特定の対象を全的に所有したいという欲望が生まれる。しかし、地位や財産と違って、愛の対象は「人間」なので、所有は決して完全には成立しない。相手の身体を抱くことはできても、相手の魂や意識の全体を所有することはできない。そこに、愛の陶酔と不可能性がある。

彼は、肉体の所有と魂の所有をかなりはっきり分けていた。肉体を所有しても、それは一時的な満足にすぎず、欲望はすぐに先へ行く。相手の魂まで所有したいと思うと、今度は相手の人格を自分に従属させようとする危険が出てくる。けれど、それは愛の完成ではなく、むしろ相手を奴隷状態に置くようなものになる。だから、愛における「所有」は、欲望としては避けがたく生まれるけれど、完全に達成しようとすると、愛そのものを損なう、という緊張があるのだ。やがて、福永の問いとして、魂を所有しようとする過程で、少しずつ相手の意識を自分の方へ向け、相手が自分以外のことを考えられなくなるまで欲望を押し進めると、それは相手の魂を掴んだことになるのかと、残した。

相手の意識を占領しても、それで魂を本当に所有したことにはならない、意識を奪うことと、魂を所有することは違う。愛の所有には、ほとんど到達不能なものがある。

私の話は、所謂男女の愛とは違う話だが、エドガー・アランポーの「アナベル・リー」は男女の愛の話だった。あの詩のモデルとなった話は、船乗りと、高貴な女の子は恋人同士だったが、周囲から反対され、墓場で密かに会っていた。女の子はやがて亡くなり、船乗りはそれでも墓場に訪れている。「海辺の墓のアナベル・リー」と、男女の愛は、意図していることも、そしてそうでないことも、選んだ全てが、スタンダール的な結晶となっている。そしてその姿を想像するのなら、さらにその愛は、二人の恋愛の関係性のみのものを超えた、神聖なものになりうる。愛だけではなく、まるで全ての原罪や、慈しみを背負ったような魂を感じさせる。

 アナベル・リーの詩に陶酔し、何度も翻訳した祖父は、このような詩を残せる人生と、残せない人生では大きな差がある。祖父はそれには「情念」が必要だと、自分には足りていないことを日記に書いていた。死後、聖書と共に、それを見つけることになった。

祖父にとって、「詩人になれ」というのは、これらを含んでいたのかもしれないと、漸く気づいたのである。そこには求めるものは、マジックリアリズムとしては「呪い」、そして完璧な愛の形態でもなく、何かになれと言う言葉の中に、「自由」があった。

祖父の聖書には、あるところに下線部が引かれてあった。

“Ask ye of Jehovah rain in the time of the latter rain,

even of Jehovah that maketh lightnings;

and he will give them showers of rain,

to every one grass in the field.”

(Zechariah 10:1)

古い英語訳なので、神名が Jehovah として現れている。神の名がこのように記されていることで、それは名もなき神ではなく、名を呼べる神への呼びかけになる。

「求めよ、願え、雨を」と、種は自力で生えることができない。「Ask ye of Jehovah(主に求めよ)」雨は、選ばれた人だけじゃないところにも降る。to every one grass in the field.

聖書は下線を引くだけで、それは財産になるのかもしれないと言うこと、そして私は、

洗礼を受けた後から、ずっと自分が種を蒔いている側だと思っていた。この聖書を手にしたときに、無常とは程遠く、死神が私の心から一旦は離れる。そこに光が差し込んだかのように、『私は』神にとっての所有であることをまた信じたくなる。祖父のために筆を取ったのは、祖父が余命を告げられてから、病院から逃げた話を聞いたからだった。生きていた痕跡を、あの人が恐怖に感じたものを、無常ではないということを、どのように残そうか?

どちらが実話で、どちらがお伽話なのか、それはまだ決着が付いてはいないが、

私も撒かれた種だったと知ったのである。

あとがき

この連作は、福永武彦『愛の試み』へのオマージュとして始まったものである。けれども、生きたオマージュは、単なる模倣にとどまらない。それは応答になる。福永の全二十三話という構成を踏まえながら、私はそれぞれの篇を「夜」として語り直していく。そこでは、愛、記憶、信仰、死、所有という問いが、自分自身の生の風景へと移されていくことを願っている。第三夜にあたる本篇「所有」は、そのひとつの変奏である。愛における「所有」という問いは、祖父の聖書、洗礼、死者への記憶を通って、やがて神にとっての「所有」と、自分もまた撒かれた種であったという発見へと移されていく。

****

Agir librement, c’est reprendre possession de soi, c’est se replacer dans la pure durée.

「自由に行為するとは、自己の所有を取り戻すことであり、純粋持続のうちに身を置き直すことである」ベルクソンの『意識に直接与えられたものについての試論』の一節。

・「片鱗」は、英語で普通に言うなら a glimpse。しかし詩的に a fragmentary signa trace にした。

・マジックリアリズムとして「呪い」:唐突に見えるが、次回作がマジックリアリズムと詩がテーマなのでそれに合わせた。

・私自身が2016年の出版作で、マタイ13章をモチーフにした種蒔きについての小説を出版しているが、祖父はそのことを知らない。

(ゼカリヤ10章1節):春の雨の季節には、主に雨を求めよ。
主は稲妻を放ち、彼らに豊かな雨を降らせ
すべての人に野の草を与えられる

鎮魂詩

まだ知ることなく 留まることのない 美しい今日を
酔いしれたように氷面を打ち破ってくれるだろうか。
この固く閉ざされた忘却の湖に降りかかる氷花の下で、
逃れることが出来なかった飛翔にとどまっている。

かつての白鳥は想い出す。それは黄金律の美しさによって
生きるべき領地で歌わずにいたことで、希望もないまま
不毛の冬から倦怠を解き放ったことを。

白鳥はこの困難について首を振るだろう。
万物の広がりを否定する鳥に与えたこの白い試練を、
その羽が担う地上の恐怖などを気にせずに、
その純粋な輝きが意味を成そうとする幻影は
微動だにせず、その悲劇と冷たい夢を流刑の中へ。
それは身に纏う、白鳥の姿。 


マラルメ「白鳥のソネ」翻訳:ChrisKyogetu

友人のご家族が亡くなった際に世間話を頼まれた。最近、人との接触が少ない最中で意外と難しい話だった。友人の性格を考えながら、自分が通夜で眠らない日の最中見るとしたら何かないかと思っていた。きっと他の人なら「それで?」と話が繋がらないだろうけれども、友人なら分かると思うので書き残した。その内容をここでも書き残すことにする。

私の祖父が生前に文学の集まりで太宰治を見たことがあると言っていた。祖父と太宰は同じ大学だった。しかし祖父は貧困の家の出なので入学の仕方が太宰達とは違った。祖父は当時、県や国がお金を払うほどの努力の人だった。そんな祖父は詩人になりたかった。マラルメを特に好んでいたようで、彼は優秀だったので自分こそがマラルメを引き継げると自負があった。そんな中で彼は太宰治がいるところに一回だけ参加したことがあった。 彼から見たら、当時の太宰は阿保にしか見えなかった。けれども太宰の周りは楽しそうに彼の話を聞く。そんな太宰がマラルメを語ったときに、祖父の心はかき乱された。自分が好きな作家が嫌いな人に歪曲され、その人のほうが本を出せる。その現実を、祖父は語ってくれた。どちらかといえば、祖父の言葉よりも感情のほうが印象に残っている。冷静になんでも答えるその人が、その光景が見えているかのように語るからだ。私はその当時の光景を狭くて小さな部屋で無名作家や革命家が集まる意気揚々とした様子が少し見えたような気がした。祖父はその集まりを道楽だと貶したが、私に言った。太宰は……「世の中のつまんない事も面白おかしく話す。みんなそれで一緒にいて楽しいと思う。それはお前に似ているな。お前は作家になったらどうか? おじいちゃんにはその才能がなかったからな」

その当時、私は小学生でマラルメも太宰もよくは知らなかった。あの人の書斎には聖域のようにガラス扉の本棚にマラルメやヴァレリーはあって、開けることは禁止されていた。「欲しかったら、お金を渡すから自分で買ってくれ」それが彼の口癖だった。けれども、この人がどんな文学を好んでいるのかは肌で分かっていた。だから私はその時に言った。「その嫌いな作家達に盗られた話を私が取り返してあげる」彼は「そうか」と笑っていたのだと思う。私はその後、すぐにそれを実行したわけでもなくそのまま法学部、心理学部に進学すると祖父は言った。「詩こそ最高の学問だ」と言った。けれども私は聞き流した。内心は、本能的なものなのか上だと思っている人を超えたかった。輝かしいこの人の実績を超えたかった。

私が学生時代のころは既に心理学の「無意識」は否定の方向*へと向かっていた。 現代は特に忌み嫌われている。「無意識は存在しない」現象学においての無意識へのエポケー(括弧)は、ヤスパースの痛烈なフロイト批判の最中、自分の視野を出来るだけ拡大することに務める。主観と客観と世界、それらの布置を適格に把握しようとする動きによって進んでいた。私も、学生時代に集合的無意識の論文を書いたが、それはまるで瀕死の事実を看取るような気分だった。その経験を生かした小説を一本仕上げた後は哲学の現象学に移動した。ユングの心理療法は告白、解明、教育、変容(transformation)であったが、現代がそんな事を聞かされない事が大半なので、どのように心理療法が定まったのか自明だろう。あまり医療行為にも触れるこの点は多くは語らないが、無意識という領域は完全否定出来るものなのか分からない。今回は少し、人間現象の背後に影響がある混沌について語ろうと思う。

今回、友人から家族が亡くなった知らせと同時に世間話を頼まれた。ただそれだけの事だったが、祖父のことを思い出せたのである。その前後付近に太宰もマラルメも何か触れていたわけでもない。ただ、昨今は面白い話というものを持ち合わせていなかった。祖父が話していた、太宰がマラルメを語っていた、というのはその時に調べ直したが、ダスゲマイネという話にマラルメの記載があった。

ダスゲマイネというのは「Das Gemeine(通俗的)」とドイツ語だったので、マラルメというフランス作家に結びつくのが遅れた。それに太宰治といえば他の小説のほうが目立っている。それでも確かにダスゲマイネに太宰は自身を「太宰治」として登場させている珍しい作品だった。その当時の草案を祖父は聞いたのか、それは定かではない。私の想起は、証拠こそないが辻褄が合っていた。探している間、楽しいひと時を過ごした。世代も価値観も、懸け離れていた家族が好きだったものを辿ることは、魂の痕跡を辿っているようだったのだ。故人の記憶というものは、すぐに思い返せるものが全てではないのかもしれない。福永武彦が「愛の試み」で綴った愛の章で、「盲点」に関しては挿話だった。人生の中の盲点とは学術用語で説明できるものではない。このように、人間の機微によって必ず意識されないところに在る。

祖父は幼い頃は電気も通っていないほどの貧しい家の子だった。その中でほぼ奨学金のみで太宰や革命家の集会に誘われる場所まで行った。そこに集まるのは金持ちの道楽で、祖父のように忙しい学生にとっては下らないものだった。その集まりは夢物語ばかりで、実が無い、道楽だと言っていた。しかし、本当に祖父は下らないと思ったのだろうか、それとも意識の他に何かあったのかもしれない。そうでなければ、私に「作家になったらどうか」なんて言うものだろうか。

 ユングとフロイトは心理療法で「告白」を重視していた。それは意識が強い人は「説明」は理路整然と話すが「告白」をしないからである。告白というものは中々難しい。そのような場はあまり存在しないからだ。無意識に偏りすぎると思い込みというのが発生する。 無意識への問いかけは、隠喩のように必要とされなくなっている。祖父の発言は何か目的を見せることもなく、単なる偶然によるものだった。それは確かではあるが、ダスゲマイネ――通俗的 というものから、取ってあげると言った幼い私は、今の私を見たら恰もそのために生きていたかのようになった。今回の話は時代と共に廃れた意識によって抑圧なき「告白」である。

何故、祖父がマラルメや詩を好きだったかどうか真意を私は聞けないままだった。それは家族の誰もが知らない。きっと語られても理解されなかっただろう。それなのに、マラルメと祖父の生い立ち、太宰が語っただけで何故気に食わなかったのか、それだけの話で浮かび上がってくる。マラルメは神がいなくても、詩によって生きようとした。

自殺を思いとどまったのも詩のお陰だったマラルメは*、太宰と死生観と信念が真逆だった。まず、マラルメは難解で、フランス語をよく理解していないとイメージが難しいとされている。マラルメのフランス語の本は、祖父は教会から貰ったようだった。それと一緒に貰った聖書も読んでいたようだが、祖父はキリスト教徒ではなかった。貧しかった彼は教会で勉強させてくれていた事があった。それは、宗教ではなく外国語と物語だった。モーセの箇所は何度も読んだと聞いた。次に彼は、――神が居ないと思うと自分が気づくことと、世界が一致しているわけではないと言った。反対に神がいると思うことも、世界と一致しているわけではない。絶対に自分の考えで世界を語るような事だけは「誤り」だと。たとえそれが、宗教者であっても、無宗教であっても、常に矛盾に気づいていくことを教えた。

私達は常に矛盾の中で生きている。

祖父が何を考えていたのか正確なことは知れないが、マラルメの「白鳥のソネ」は、人間は空しく、無に返す存在であり、神無き虚無の中でそれでも「確実に存在する美」というマラルメの魂を映したものだった。それは、希望なのか、確信があったのか、不在や無というものをが、心象へと「存在」として浮かび上がる存在を信じていたように思う。それはイメージや言語に囚われず、脈打つように。

祖父の時代背景を考えれば、貧しさと戦時中の中で過ごした中での強さだったように思う。安易に神や奇跡が困難の中で、不在ものが羽ばたくことが、それがどんな意味をするのか。かつて輝いていた白鳥が衰えていくとき、悲しい自覚であることが、詩の中で、何故力強く氷を割ったように錯覚したのか、その心象で生かされる強さを。

私は最近「平家物語」を見直していた。 琵琶法師が語り部である音での世界は、言語の意味は明確にしない。音で伝える世界は死者が死んだことを忘れて登場人物達は「視覚」の世界が広がっている。直截ばかりの今の時代で、この話が通じる人は少ないと思う。平家物語もまた、人の話を通して死者の魂と、自分の魂を癒す鎮魂である。自分の認識が限界であることを知らない人は弱い。今は分からなくても、後から分かるようになるという可能性を信じられる人は強い。マラルメの詩の「白鳥のソネ」は日本語にそのまま翻訳すると難解だったので、私自身の解釈に寄せている。マラルメは事情があって私は不案内でしたが、この機に急遽、翻訳した。マラルメを囲っている詩人や文学、哲学の道、様々な経験が生かされて今回は出来たのだと思う。翻訳した姿を見せたかった人が見ることはないが、それが生きている人に残された、死者の鎮魂になることを信じて。氷解するような告白と共に、流刑の地のように終でしかない居場所でも、白鳥座のように生が強く願い鎮魂となるということを。そして心のうちに

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* マラルメ論 著:サルトル

Magnifique:壮麗な、素敵等の意味であるが、不在との対比として、神に関する美しさとして黄金律を翻訳に当てる。

深淵とエゴイズム

絵:柿本セエカ“Bottled Griefs”

人間が臨むのは眼のくらめくような深淵であって、深淵に映ったその顔は、エゴの醜さを明らかに示しているだろう。しかし人はそのような時に、悲しいかな、水に映った自分の顔を見ないのである。

福永武彦「愛の試み」

前回の続き→カトリック聖職者による性被害について

 深遠の果てが深淵なのか、強ちそうでもないのと思うことがある。浅識に揉まれている中で精神が削れて深淵を疑似体験することがある。イエスキリストも決して賢いファリサイ派のみと関わったわけではない。愚かな人間からの罵声も浴びている。けれども、やはり読者はイエスに深淵を見出す。言語とイマージュ、イマージュが言語化するのか、言語がイマージュを引き連れるのか、それは私にとっていつも一定ではなかったが、物書きは最低でも言語を愛している。言語を愛して、イマージュから見染められることを待っている。

そうでなければ、他者に伝わらないからである。他者に言語としてのみでなくイマージュが伝わらなければ意味がない。

人を愛することは、深淵を実感させる。これはギリシャ哲学的なアイオーンなのかもしれないが、愛は強いものである。そして、弱いものでもある。愛によって距離を縮めた他者が、身体の一部になったかのように愛した後に、何らかしら、身体の一部を切り落とすかのような痛みを覚え、また距離が離れた他者となる際、悪魔となるか善人(善きサマリア人)となるか、その人間の資質となる。深淵への夢想は他者によって揺らされるが、どのようなイマージュを抱えているかはその人の資質となる。

前回言ったが、カトリックの神父が女性を何らかしらの理由で抱いたことが「同意」とするのは、何のためなのか理解に苦しむ。彼等は「叙階の誓い」によって同意も本来なら禁止なはずであり、神への裏切りである。私は穏健派なので女性に「愛」があった場合のみは、

問題視することはない。しかし、今回の問題は「愛」が無いように思えたので、私は一時期だけ追及した。該当神父の名前と顔も知っているが、私は漏らすことはしない。墓場まで持っていくのだろう。事実が同意であっても、女性が異議を申し立てればその神父は辞任すべきだというのが私の考えである。仮に女性が被害妄想だとしても、神の誓いを破った報いだと私は思っているからだ。法律上は確かに密室に入ることは同意したと考えらえるが、この場合はカトリックであり、神父はそれが出来ない立場だという認識で女性は入室する。

私は途中でこの取材を降りたので事実は分からないが、私の願いは、この神父の辞任要求だけが明確に見えていた。けれどもそうするには「広範囲」にカトリックを攻撃しなければならない。それが革命であり、人間はそうしないと動いてくれないからである。

その準備をジャーナリストとして自分は出来なかったのだ。何故なら、信頼しているシスターや司教がいたからだ。この「広範囲」に攻撃しなければならくなる残酷さを、この該当神父は少しでも感じたことあるだろうか。私はそれを祈りと共に問いたい。

 最後に何故、福永武彦のこの深淵部分を引用したのか、これは言い当てて妙だからである。

この引用は男女の恋愛がテーマであったが、深淵そのものはそのような区別はない。

よく疑問視されるのは、何故このような問題が多いカトリックに残るのかという問題は、「盲信」と片づけられやすい。実際に盲信も存在する。中には「深淵」に着目をしている

信者もいる。私もその一人だ。恐らく少なくともこの問題を理解している信者は「深淵」に目を向けている。イエスが磔刑の前夜にēli ēli lemā sabachthani(我が神、我が神、何故お見捨てになったのですか)と叫んだ後に、何故神は沈黙されたのか。私にその問いをしたのは神学者の和田幹男神父だった。彼は深淵について語った。それはフロイトの無意識、ユングの集合的無意識よりも更に深いところにあるとされる。それが深淵であると。ゆっくり経験をしていけば、かならず大きな渦を描いて見えると教えてくれた。

深淵とは必ずしも崇高な場所ではない。ニーチェはニーチェの深淵があり、

私には私の深淵がある。誰の深淵が素晴らしいかという基準はない。深淵とは人間の共通する神、愛や死に対する価値観もそこに潜んでいる。武彦は更にエゴイズムが映るとした。そうなのである。「深淵」に着目すれば、確かに同じ共同体での不正や苦しみさえも、自分の「深淵」として放置してしまう。各々感じることがあり、見えるものがある。闇すらも愛する、それが人間である。そう、人間はエゴイズムに顔を合わせられないのである。それが盲信と言われる所以であり、信者も功罪なのかもしれない。

少しでも自覚し、何が正しいのか、どうあるべきか、やはりイエスの愛に倣い、

この訴訟に限らず、クリスチャンは今後も判断してほしい。

被害者も関連記事を読めば分かるが何度も教会に戻ろうとした。そこで理解を得られず、教会で二次被害、三次被害に遭っている。被害者は、決定的な事故や事件だけで傷つくのではない。更にそれを取り巻く社会によって傷ついていく。それが自分と同じキリスト者なら尚更、もう少し関心を抱いても良いのではないのだろうか。何故私達が広範囲で攻撃されるようになったのか、深く考えてほしい。

確かに深淵は重要である。しかし、クリスチャンがエゴイズムから目を逸らして何になるのか。

画家:柿本セエカ→https://seheca-kakimoto.work/

「死の島」福永武彦

「死の島」ベックリン

 死というものは人間の生の果てであり‟Sein zum Tod”ハイデガーで言うところの

死に向かう存在である。死とは何とするのか、何世紀も議論をし続け科学では脳死からと決まった。日本では1999年2月28日に脳死判断の初適応が始まった。日本では臓器提供のために法的脳死判定を行った場合のみに限られる。臨床的に脳死状態とされても、臓器提供を行わない場合は法的には脳死とはならない。人間は意識がある間は、死という現実に向かって夢想する他ならない。メーテルリンクはオカルトの領域を犯しながら「La Mori(死の存続)」で己の臨死体験と死への考察を残した。文学世界は実は「愛」よりも「死」のほうが多く扱われているという。最も多いのは「愛」と「死」の組み合わせだろう。

福永武彦の「死の島」の主人公で作家志望の相場が相見綾子、萌木素子という女性二人に恋をし、選ぶことができなない三角関係が主軸であり、各々が抱いている原爆被害や希死念慮、芸術家への理想論によって人生が狂った内実を伴いながら文学世界として幻想的に生きていく。福永の死の島の世界は現代でいえばトラウマによる解離症状のようだ。素子は広島の原爆被害によって内面時間を生き、自分の存在そのものを現象学のようにエポケー、いや捨象してしまったのだろう。彼女が触るものは常に実感が湧かない。綾子は過去に恋人と駆け落ちするが、捨てられて自殺未遂をしたという過去を背負っている。彼女は愛の終焉に囚われ内面時間を生きる。しかし、この恋人を捨てた男Kという独白の章では、本当に綾子を愛していて離れたという、お互い重なり合えなかった平行現象を如実に書き出しているのである。

この話は主人公相場の線的に進むクロノス(土星)という時間、相場の想起の章、相場によって語られる登場人物、素子の独白、或る男の独白と構成を整理しなければならない。そこには戦後から高度経済成長へと人々が変わっていく事から置いていかれる哀しみが描きだされている。クロノスとは時の神であり、ギリシャ神話ではゼウスの親である。クロノスの重みと、カイロスという機会という意味を持つ二種類の時間が存在する。

生者は多くを想い語るが、死者は魂という神秘性を名残に沈黙する。

この話は客観的時制、内面世界を交差しながら、原爆を「土星人」(物語では同人誌の設定)とした。クロノスはギリシャ語で土星という意味をする。そして意図したのかは分からないが、占星術的な(トランジットの土星は多くの死をもたらす)意味も含ませている。多くを語っていてとぐろを巻いていた物語は、素子と綾子の自殺によって終盤へと向かう。死を目の前にし、生きているものが思念体になってしまう。それでも生きているという幻を作家志望である相場は、原爆が残した日本人の傷、世界が如何に高度経済成長期を迎えようとも、魂が衰弱していく女性二人の代弁者となっていく。生者という幻が実体を持つためには執筆するしかないとでも言うかのように思えた。我々は死に向かって生きている。生きているという瞬間は常に消えて更新される。死はそれまでは幻想であり、夢想だった。しかし、愛する者の死を見送ることは生者を幻にさせるほどの悲しみを与える。死の栄光と影はそれほど強い。生きている者は愛がなければ、そう、作家、福永武彦が執筆した「愛の試み」であるアガペーやエロース、(キリスト教的なギリシャ語解釈)は愛を失えば、世の残酷に打ち消されてしまう。

「それなら己はどうなんだ。己には何があるのだ、と彼は呟く。死者たちからも疎外されて、彼は今無益にそこに立っている。そうなんだろうか、人生というのはこうした徒労に過ぎないのだろうか。すべては空の空なのだろうか。その反省のうちに、遠くの地平線に燃え尽きた雲が少しずつ薄れて行くように、天蓋を覆う濃い虚無が(夢の中でと同じように)
次第に彼の内部へ侵入し、やがて彼の意識はすっぽりと、音もなく、その中へ吞み込まれてしまう」

福永武彦「死の島」

彼(主人公)はその後に、小説によって「死の行為化」を見出し、思念体となった生者が語ることによって実体化させることを見出して終わる。その度に日本が置き去りにされた「死」生かしていくということを決めたということだろう。そんな不幸の後でも人は愛と愛がぶつかり合って生きていくという証として。

一条の光は彼の立っているほの暗い窓の外へ、明らかな光芒を描いて、目覚めのように

差し込んだ。

福永武彦「死の島」

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