労働者の美と詩(1) シモーヌ・ヴェイユ

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Les travailleurs ont besoin de poésie plus que de pain.
(労働者はパンではなく詩(詩情)を必要としている)
La pesanteur et la grâce Simone Weil

  1. Ⅰ. はじめに
  2. Ⅱ.予感
  3. Ⅲ  転回と矛盾
  4. Ⅳ.ouvrièreとouvrier
  5. Ⅴ .「労働者と詩」(1)プラトン編 
  6. 「労働者と詩」(2)イエス・キリスト編に続く。

Ⅰ. はじめに

シモーヌ・ヴェイユの思想や人生には、書き残したものにも表れているように複雑な転回が多く、その中には彼女が予期していたかどうかわからない多くの解釈が秘められている。彼女のノートは、断章も含まれていて、彼女の死後、友人や信仰の同士が彼女の思考を整理し、編集して出版した。その中でも有名な『重力と恩寵』は、ギュスターヴ・ティボンが編集したからこその傑作でもある。

 彼女の文章から掴み取れる「転回」と「矛盾」は、ヴェイユの思想において一貫していると、私が考えるものは、彼女の精神的な探求とイエス・キリストへの深い関心だった。彼女はイエス・キリストを追い求める過程で、多くの宗教的、哲学的な問いに取り組み、それが彼女の転回をある種の一貫性で貫く軸となっていると考えている。彼女は信仰と理性を結びつけ、人生の苦しみに対する理解を深めようとしたため、その探求がどのように彼女の思考に筋を通しているのかを考察することは、何度取り組んでも、非常に意義深い歓びである。

Ⅱ.予感

シモーヌ・ヴェイユは工場に入る一年前の1932-1933年に、ファシズムの基盤を理解するためにドイツへ赴いた。彼女は8月20日の手紙で「ナチスはプチブルジョワだけではなく、多くの失業者等の弱者を味方につけている」と報告している。ベルリンには二ヶ月余りの短い滞在だったが、街の光景を目に焼き付けていた。−元エンジニアたちが、冷たい食事にありつけられることがやっとだという反面、まだ軍服を着た人たちは歩いていなかった。−

丁度この時期は、ドイツ民衆にとって失業者も多く大窮困の時だった。後に、1942年に交流の多かったペラン神父に、彼女は自分の「矛盾」について手紙で告白をしている。「私にはわかっているのですが、もしも今、私の前で、20人のドイツ青年が声を合わせてナチスの歌を歌っていたら、私の魂の一部は直ちにナチスのそれになることでしょう。(略)それこそが私の大きな弱点なのですが、そのようにして私が存在するのです」

ドイツからの帰国後、彼女のドイツに関する論文は正統派マルクス主義者批判に晒された。それでも彼女は可能な限り、ドイツの亡命者たちを助けた。

Ⅲ  転回と矛盾

マーティン・ルーサー・キングは、著作『汝の敵を愛せよ』において「自分の性格の中に、はっきり目立ったアンティテーゼを持たない人間は強くない」とフランスの哲学者の引用を使ったが、

それが一体誰の言葉なのか、私は分かっていない。彼は演説や著作の中でしばしば哲学的概念を用い、ヘーゲルのような哲学者(思想家)を引き合いに出して、調和と進歩を生み出すために対立する力のバランスをとることの重要性を表現していた。真理はテーゼとアンチテーゼの統合から生まれるというヘーゲルの考え方は、団結と相違点の和解を通じて力と理解を見出すというキング牧師のメッセージと一致していたようだ。キング牧師はイエスも相反するものの融合することについて説いたとされ、「私があなた方を遣わすのは、羊をおおかみの中におくるようなものである」「だから蛇のように賢く、鳩のように素直であれ」という行動の定則を与えた。これは難しいことだが、イエスが期待されているようなことだとした。

しかし、ヘーゲルはドイツの哲学者である。では、フランスの哲学者とは誰なのか? 時代を考慮すると、ガストン・バシュラールなども考えられるが、私は彼が引用したものは、シモーヌ・ヴェイユも考えられる一人だと思っている。1934年末、教職を辞めたシモーヌ・ヴェイユはプレス工として工場に従事し、「現実世界」に向き合うことを決意する。彼女は工場に入る前に「傑作」「遺作」に拘っていた。けれども、その構想は現実世界では骨が折れることばかりだった。「交換可能な部品は労働者ではないかと思いたくなる。部品のほうが市民権がある」と胸に番号が刻まれた身分証を見せて門を通った等、彼女の記録が残されているが、

シモーヌ・ヴェイユは「労働者における美と詩」という彼女の思想の核とも言える言葉を残した。

彼女は、ドイツに赴いた時に、失業したドイツ人を目の当たりにし、ペラン神父に自分の弱さを表している。彼女のように、哲学や神学において矛盾が必要とされる理由は、多くの場合、人間の存在や経験が本質的に複雑だからである。人間の存在や本質が複雑であるという認識は、心理学が発達する以前から多くの哲学者や思想家によって論じられてきた。たとえば、プラトンの魂の三分説、そして、アリストテレスも、論理的美徳を考える上で人間の多様な側面を研究し、中世やルネサンスを経て、デカルト、カント、ヘーゲルなどの哲学者たちが人間の理性、感情、自己意識について深い考察を行い、人間の心の複雑性の理解を深めていった。近年において、科学的な枠組みでアプローチをしたのは、ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)が大きな転機となった。

シモーヌ・ヴェイユの例に戻ると、彼女が書き残した「労働者に必要なものはパンよりも詩である」という思想は労働の過酷さを理解している人にとっては矛盾している。工場労働という厳しい環境において、美や詩を見出すことは難しく、この矛盾とはヘーゲル哲学のテーゼとアンチテーゼを彷彿させるが、ヴェイユの哲学はより一層、人間の精神や心の理解を要する、彼女独特の哲学だと私は判断しています。彼女は、労働者には詩が無意味なものとも知っていた。過酷な労働者の心が疲弊することを、自分の身をもって体感し、このように聖書を通して哲学的になろうとすること自体、自分のやっていることの無意味さに悩んでいたのである。それは彼女自身が工場生活に嫌気が差してセーヌ川に飛び込みそうになったという記録にも表れている。

 彼女の転回と断章は、旧約聖書のコレヘトの言葉のように矛盾を意味する文同士が包括的に相互で意味を成す構造、インクルージオ構造のようだ。彼女は芸術が労働において何の意味もないことを知っていた。また、彼女は時計と芸術家について語っている。作られた時計は愛がなくても動くが、創られた芸術は愛がなければ動かない、としていた。そんな彼女は何故、「労働者に必要なのはパンよりも詩である」と定義したのか。これを定義として論理学として外延を書きだすにしても、当時の労働と同質な精神状態を表すのは困難であるが、少しずつ私なりに紐解いていきたいと思う。

Ⅳ.ouvrièreとouvrier

シモーヌ・ヴェイユの「工場日記」はLa Condition ouvrièreと直訳すると、「労働者の条件」となる。ouvrièreとは女性の労働者を表していて、本作では女性労働者ouvrièreと男性の労働者ouvrierが分けて書かれている。基本的には自身を表している、もしくは女性労働者の場合が前者、そうでない場合は後者と、フランス語の文法通りのことだが、mais jusqu’à quel point tout cela résisterait-il à la longue ? – Je ne suis pas loin de conclure que le salut de l’âme d’un ouvrier dépend d’abord de sa constitution physique.と、ヴェイユが「労働者」の魂の救済は、何よりもまず体質に左右されるということに、すぐに結論づけてしまいそうになる、と主観的な考えであっても、彼女は労働者をouvrierとすることによって、労働者全体に対する普遍的で社会的な役割を意識しているようにも感じる。この使い分けは、個々の存在の重要性と、社会全体を見渡す視線の両方が含まれている。

そして次に続く

“mais jusqu’à quel point tout cela résisterait-il à la longue ? – Je ne suis pas loin de conclure que le salut de l’âme d’un ouvrier dépend d’abord de sa constitution physique. Je ne vois pas comment ceux qui ne sont pas costauds peuvent éviter de tomber dans une forme quelconque de désespoir – soûlerie, ou vagabondage, ou crime, ou débauche, ou simplement, et bien plus souvent, abrutissement – (et la religion ?). La révolte est impossible, sauf par éclairs (je veux dire même à titre de sentiment). D’abord, contre quoi ?” On est seul avec son travail, on ne pourrait se révolter que contre lui –La Condition ouvrière(工場日記)シモーヌ・ヴェイユ

「しかし、このようなことが何処まで通用するのだろうか。たくましくない人たちが、なんらかの絶望的な状態におちこまずにすませるとは、とても思えなかった。──たとえば、酒に酔うこと、浮浪化、犯罪、放蕩、あるいはまた、たいていの場合がそうであるように、考える力の麻痺──(そして、宗教もそうではないか)。  きびきびした態度でなければ(わたしは、感情の点について言っているのだ)、これに対抗することはできない。まず第一に、何に対して抵抗するのか。人は、ただひとりで自分の仕事ととり組んでいるのだ。抵抗するといっても、自分の仕事に対して抵抗するだけのことしかできないであろう」

彼女の文章表現の鋭さは、1920年に夫を殺害して、その遺体を列車で輸送する「ベッサラボ事件」(l’affaire Bessarabo)に接したことにより、善への欲望は逆説的にも、悪の直中においてこそ見出されている。彼女はこれによって「聖女など存在しない」とした。彼女には理想的な善と対峙したものを持ち合わせる強さがあった。そして、工場体験によって「たくましくない人たち」を身をもって体験している。

ここでの「たくましくない人たち」とは、物理的な強さや精神的なレジリエンス(resilience)が欠けているために、過酷な状況において持続的な抵抗ができない人々を指している。ここで、社会的・経済的な圧力に対して持続的な抵抗を示すためには、個人の生理的および心理的な構成が極めて重要であり、特に、身体的な能力が不足している「個人」にとって、厳しい環境においては容易に絶望に陥るリスクが高まる。それによって、依存症、社会的逸脱、非行、あるいは精神的麻痺といった形で現れるかもしれない。加えて、彼らの反抗心は一時的な感情表現としての暴発に限られ、対抗する対象が明確でない限り、根本的な変革への道は閉ざされていると言える。

映画:「渇水」

これは現代の複雑化していった貧困にも通じる。「渇水」という映画で市の水道局に勤める主人公は、水道料金を滞納している家庭や店舗を回り、料金を徴収できなかった場合は、水道を停止する「停水執行」をしていた。夏の猛暑日が続く中、そこに登場する水道を止められた住人たちは、同情できる事情だけとは限らない。そこには困窮が故に優先順位や計画性を失った状態の者もいた。ギャンブル依存ので払わないという身勝手にも思えるものも登場する。生活に必要なものを最優先に考えられずに、滞納した状態で、スマホばかりを見ている母親もいる。この場合の「労働者」というのは水道局の職員のことも第一に指すだろう。「お前らなんか、税金で働いているだけ」と人々は払えない腹いせを職員に暴言を吐いていく。これは、制度と個人の対立であり、水道の供給停止は公的な制度に基づくものであり、すべての利用者に対して同じ基準で適用される。これは公平性と持続可能性を維持するために必要な措置であり、そのルールは公共の運営を支えるために設定される。しかし、従業員も人の心を持っているので、制度を執行していると言っても、払えない人たちから恨まれながらやらなければならない。また、社会の焦点が当たった母子家庭にも当てはまる。幼い子供を抱える母親は、シングルマザーとして男に依存していた。男のことがあると、

母親は子供を置いて帰ってこなかった。それは快楽だけでなく、金銭のやりくりのためでもあった。その時に、水道局である主人公は水道を止めることを実行しなければならない。しかし、この水道局の人は、すぐに止めずに、ある程度の貯水を手伝った上に彼女たちの水を止めた。

 社会と制度に対する支援は、常に変え続け、弱者を考慮していく社会になっていくことが望ましい。それに対して、個人間の支援停止の決定は、お互いの精神的健康やリソース(資源)の持続可能性を守るために必要となってくる。個人というものは、無限の精神や、リソースを持っているわけではなく、長期的に関係を維持するためには、どこかで限界線を引かなければならないことがあるからである。実際に、苦境に陥ってそこまで整理して考えられることは少ない。

だからこそ、悲劇に対して社会や人が冷たく感じるのかもしれない。

ヴェイユが取り組んだのは、貧困者が直面する制度上の欠陥や不公正さ(例えば、不安定な雇用条件や不十分な社会保障)は、彼らの能力を制限し、貧困の悪循環を生み出す要因の一部であること、社会制度と個人の対立にとどまらず、個人の脆さも記録し、哲学的に個人に何ができるのか、そして個人から個人へどのような感情を持つべきなのか、 “もがきながら”境界線を探っているようだった。そして、この境界線は明確に決まっていない。これは『工場日記』を含めて、仮説的事実なのである。そこに彼女の「転回」や「矛盾」によって人々による経験と、抽象的理解が必要となってくる。

Ⅴ .「労働者と詩」(1)プラトン編 

ヴェイユの有名な「労働者にとっての詩」について、多くの解説を見ていると、労働者にも「詩」に目を向けるような感受性や神秘性の豊かさがあったら救われるという方向性にしようというものばかりだったが、私はそうとは思えなかった。そもそも詩とは、著者と読者に必要なものは「直観」であるが、それを学術的に、そして自己啓発的に言い表せることは不可能に近いのである。言葉によって部分的に表現され説明されるものの、完全には解決されない領域である。言葉は人々の経験や感情を伝える強力な手段ではあるが、すべてを包括できるわけではない。

精神的な充足や文化的体験は、しばしば言葉を超えた直感的な理解や感受性によって初めて深く実感されることがある。ここには、言葉では説明しきれない複雑さや深み、矛盾した感情が含まれていて、それが人々の内面的な変化や気づきとして現れる。

彼女は工場生活での経験について、「印象しか描写しない時に信じてもらうことは困難である。しかし人間の条件の不幸はそういう方法でしか描写できない。不幸は印象だけでできている」と綴っている。

20世紀初期、フランスはアメリカのフレデリック・ウィンズロー・テイラーによるテイラー主義(科学的管理法)を批判し続けていた。テイラー主義とは、生産効率を最大化するために労働を細分化し、各労働者の役割を明確かつ標準化するものだったが、第一次世界大戦により、フランスは軍需品の大量生産を迫られることになる。効率的かつ大量に生産する必要性から、テイラー主義の原則、特に作業の分業化と標準化が活用されることになった。これにより労働の効率を高め、生産を迅速に行うことができたため、戦時中の生産性向上に寄与した。しかし、それは同時に労働者の作業が単調で過酷になることを意味していた。労働者はさらに速いペースで働かされ、個々の作業の自由度が減少、女性や子供も働くようになった。戦後、フランスは経済復興と工業化の進展を進めることになる。多くの工場は劣悪な環境で、長時間労働が一般的となり、安全基準は現在ほど厳しくなく、労働者は労働災害のリスクを常に抱えていた。賃金は低く、特に低賃金のために、労働者階級の家庭は経済的に逼迫、多くの家族は、労働者の住む地域に密集して住んでおり、住環境も悪いところも多かった。 シモーヌ・ヴェイユは、このような環境で働きながら、工場労働の中での非人間性や労働者の持つ潜在的な力が抑圧されている現実に直面することになる。

このように、言葉が持つ限界を認識しつつ、なおもそこに価値を見出すことこそが、言葉を超える全体的な理解や共感を深めるために重要である。言葉では捉えきれない部分を補完するために、美や感受性、内面的直感が果たす役割は極めて大きい。

ヴェイユは1925年に16歳で「プラトンの思想は、神話によって開示されるものがもっとも美しい」と既に、叡知は象徴に宿ることを示しているようだった。彼女はプラトンの引用を繰り返しているが、プラトンの『国家』7巻についての解釈はヴェイユ独自のものでもあるので、留意しておかなければならない。

ヴェイユはプラトンの「巨大な動物」(θηρίον μέγα)の比喩(『国家』第6巻)も言及し、プラトンのこの比喩では、社会や国家は巨大で獰猛な動物に例えられた。この動物は、好きなものと嫌いなものがあり、それをよく知る「飼育係」が動物をコントロールする。動物が好むものは「善」とされ、嫌うものは「悪」とされた。この比喩での重要なポイントは、道徳や善悪の判断がこの動物(=大衆)の好悪によって左右されている。プラトンは、こうした相対的で恣意的な価値基準に基づいた社会の危険性を指摘した。対してヴェイユは、「社会の道徳の本質」として、社会の道徳が巨大な動物の「好き嫌い」に過ぎないと指摘した。つまり、道徳とは社会や集団の好悪の感情に基づいたものであり、絶対的な善悪ではないとしています。ここで、ヴェイユの批判と宗教的転回が展開されることになる。社会の道徳は、必要性に基づいた「相対的な善悪」にすぎず、これを超えるためには神の介入が必要だと述べます。真の善は、神が人間の魂に直接開示するものでなければならないという結論に至る。

次にプラトンの『国家』第7巻を、愛と倫理という視点から再解釈しようと試みている。彼女は、有名な洞窟の比喩を通じて「人間は自分自身を超えた善と愛に向かわなければならない」と主張し、単なる知的な認識ではなく、神との関係に基づいた倫理的成長を説こうとした。この解釈は、プラトンの教育論を超えて、宗教的・道徳的次元を強調したものと考えて良いだろう。プラトンの原文では、洞窟の比喩は知識の段階的な変化(無知から真理への道)を表現し、愛そのものを中心に扱っているわけではなかった。しかし、ヴェイユはこれを「愛の能力」と捉え直し、目は自分自身を直接見ることができない等、自己愛が不可能であることを示す比喩として再解釈している。

現代でも、私の経験ではあるが、新聞の集金のアルバイトをした時に各々の家に訪ねて集金を

しに行ったが(2013)、私の管轄は貧しい年寄りが多かった。勧誘と集金は担当が違うので、勧誘で聞いたことと違うという苦情をこちらが受けることになるし、回収できない場合は、2、3回

行くことになる。その各々の家庭を見ることになるが、確かに「美」や「詩」がなんの役に立つのか、私にもわからない。実態は、契約が自動更新されているだけで、手足が不自由で、引き出しの現金を取り出すことも不自由な年寄りに、読まない新聞を売っている状態になっているのもいた。老女が紙おむつを着けて、衣服も着ることもままならず、叫んでいるだけの状態だったこともある。そういった契約でも、集金がきたことだけ通知を置いて帰る。掃除もできていない異臭の部屋は何件も見た。集金係は、退会手続きの権限はないので、相手が支払い能力がないのも分かっていながら、そのままになる。相手が解約したいと言わなければ、私にはそこまで言う権限がなかった。そういう不自由さと貧しさを目の当たりにすると、個人の神秘体験や、感性というものが、いかに無力かを実感する。集金の仕事というのを真面目に数をこなしても、世の中の必要な能力とは程遠い。小学生でもやれる作業でもあり、良く言えば経験やスキルがない状態でも、少しの工面ができる仕事である。しかしそれには、忍耐も必要であり、人の精神を使う。一方で、(本職は伏せるが)本職は案件をこなせばこなすほど、スキルへと繋がっていく。反対に、こういった仕事はいくら積み重ねても、他のキャリアに転用できない。

ただ、忘れてはならないのが、彼らの部屋の光景が、いつ自分自身の身に降りかかるのかということである。自分の存在を物質的に捉えすぎると、私が仮に脳の損傷でも起こせば、今の状態を保てないのかもしれない。このように、もしも、全てが物質的な存在でしか意味を見出せないのなら、簡単に生きる尊厳がなくなるのである。

シモーヌ・ヴェイユが愛と神を見出したのは、プラトンの背景に、師のソクラテスの不条理な死刑への思いと同調したものがあったからかもしれない。これらの抽象概念は、感動や、共感によって本来なら「直観」で済ませることを言葉で表さなければならないのは、苦痛にもなり得る。しかし、それでも、彼女にとって、それはやらざるを得なかった。

 それはプラトンから通じる、人間が自己中心的な視点を超え、神との関係に自分の価値を置くことで、社会の「巨大な動物」の支配から解放されること、人間の本来的な愛の能力は、自分の身近な現実を超えたものに向けられ、神を通じて真の善を知ることによって実現されるということは、彼女にとって「イデア」なのだろう。プラトンは理想的な社会や真の美という概念を探求し、現実の不完全さを超える為の「イデア」を提唱した。プラトンの視点では、物質的な存在は一時的であり、真の価値は目に見えないものに宿る。この考え方は、ヴェイユが語る「詩」という精神的な豊かさへの渇望と共鳴するものがある。

「労働者と詩」(2)イエス・キリスト編に続く。

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