現象学と巣
Kindleに入っているので紹介は全ては
難しい。
今年の8月に、丁度良い本が出ていたので
購入した。
あまり言い過ぎると、読者を混乱させるかもしれないのであまり言えないところだけど、
経験から始める哲学入門
やはり小説家なので、詩情を優先に、
「鳥の巣」に魅入ったということしか
言えないものですね。
カイエ
Nativity of Jesus
Étant disciples de Jésus, les vrais chrétiens comprennent la nécessité d’être humbles.
By. Jules Michelet (ジュール・ミシュレ)
ミシュレの言葉の「鳥は労働者」とあるように、哲学者、シモーヌ・ヴェイユの名をつけようかな。
ちょうど良いボロボロな感じで、本当に愛おしい。
→担当書評
心の中を流れる河
これは小品なので簡単に紹介するほうが良いと思う。
武彦が意図して書いたのかは分からないが、この小品には文学者として
語れる範囲と、牧師や神父しか力を持たないものと分かれている。文章の表現の豊富さは文学者のほうがあるのは当然だが、「赦し」に関しては牧師や神父でないと力が無い。私もこの壁にはよくぶち当たる。この話は牧師は自信を失い、信者でない者が理想(あるべき姿)を語る。その意味に読む側としては気付いてほしいところだ。
I hope you don’t mind
『“I hope you don’t mind”ということ』
日本では馴染みのある
エルトンジョンの you’re song の
I hope you don’t mind. をどう訳するのか、
単純なようで色々と訳し方があります。理由は語感が日本語となるとインパクトが弱くなってしまうことにあります。意味を近づけるというより、英語のこの語感に近づけたいという願望がそうさせている気がします。
どんな歌詞かと簡単に言ってしまうと、
『僕が君のために作った歌だけど、
気にしないでね。(I hope you don’t mind)
とか、重く捉えないでね、(I hope you don’t mind)』
とかそういう意味があります。
最近になって聞いてみると、こういうのは物書き(作家、作詞作曲)の愛し方かなと思います。作品を作るときは愛する人をモデルにしたとしても、作品が愛されなければなりません。愛されるのが前提なのか、結果として愛されるのかは、卵が先か鶏が先かというような話なのですけど、愛する人に何か書くときは、伝えたい、伝わること、愛されること、作品として望まれる全てを忘れたいのですよね。それが物書きにとって愛する人だけに送る特別性なんじゃないかな。
変な話なんですけどね。
だから、歌詞の冒頭部分から
『It’s a little bit funny this feeling inside
I’m not one of those who can easily hide.
少し可笑しな話だけど、僕は自分の気持ちを簡単に隠せないんだ。
I don’t have much money but boy if I did
I’d buy a big house where we both could live
そんなにお金はないけど、お金があったら家を買うよ・・・
If I was a sculptor, but then again, no
Or a man who makes potions in a travelling show
僕が彫刻家だったら、いや違うな。僕が
さすらいの薬売りだったら・・・・・・』
と、纏まりの無い話になっていきます。
でもこれは、「お喋りしたい」という、ただそれだけの願望なんですよね。それでさえも、なんだか貴重な気がして言いたくなる、それが恋とか愛を表しています。
『I know it’s not much but it’s the best I can do My gift is my song and this one’s for you
「それで歌を送ることが僕は出来るよ」』
とあるけど本当はそれが伝えたいことじゃない。これすらもまだ自己紹介のような状態です。そしてメインのメロディ、
『And you can tell everybody this is your song
It may be quite simple but now that it’s done
I hope you don’t mind
I hope you don’t mind that I put down in words
How wonderful life is while you’re in the world
これは君の歌だよ、それをみんなに伝えていいよ。シンプルなメロディだけど
やっと出来たんだ。
気楽に聞いてよ(I hope you don’t mind)
軽い気持ちで聞いてよ(I hope you don’t mind)
こんな言葉で書いたけど、(愛を伝える歌)
君がこの世界にいてくれれば、世界は美しいんだ。』
と、二回繰り返すI hope you don’t mind は私は気楽に聞いてよ、軽い気持ちで聞いてよ、と言いかたを変えて訳しました。
『Anyway the thing is what I really mean
Yours are the sweetest eyes I’ve ever seen
僕が本当に伝えたいことは、君の瞳が美しいということさ。
I hope you don’t mind
I hope you don’t mind that I put down in words
How wonderful life is while you’re in the world
気楽に聞いてよ
軽い気持ちで聞いてよ、
こんな気持ちで書いたけど、
君がこの世界にいてくれれば
僕は嬉しいんだ。
そして本当に美しいのは
君の瞳なんだ、僕の歌は それを表したいだけなんだ。』
と、私は解釈しています。
人の評価を待つ物書きの仕事をしていると、作品を渡しているのに、I hope you don’t mindなんて言って渡しません。そんなのは仕事になりませんからね。
そういう身でありながら、I hope you don’t mindと言って渡すことは、愛する人への特別なことなんですね。私もそうかもしれません。
I hope you don’t mind , I love you.
そういう感覚なのかなと。歌詞だけではなく、エルトンジョンの甘い声がそう思わせるのかな。ポップスはシンプルな言葉だけど、歌手の声の表現によって深みが出たり言葉の意味が左右されるところがありますね。
画像元URL http://38.media.tumblr.com/tumblr_lhg9rjQdnC1qctf1xo1_500.gif
歌詞:
It’s a little bit funny, this feeling inside
I’m not one of those who can easily hide
I don’t have much money, but boy if I did
I’d buy a big house where we both could live
If I was a sculptor, but then again, no
or a man
who makes potions in a traveling show
I know it’s not much, but it’s the best I can do
My gift is my song, and this one’s for you
And you can tell everybody this is your song
It may be quite simple, but now that it’s done
I hope you don’t mind, I hope you don’t mind that I put down in words
How wonderful life is while you’re in the world
I sat on the roof and kicked off the moss
Well, a few of the verses, well, they’ve got me quite cross
But the sun’s been quite kind while I wrote this song
It’s for people like you that keep it turned on
So excuse me forgetting, but these things I do
You see I’ve forgotten if they’re green or they’re blue
Anyway the thing is what I really mean
Yours are the sweetest eyes I’ve ever seen
And you can tell everybody this is your song
It may be quite simple, but now that it’s done
I hope you don’t mind, I hope you don’t mind that I put down in words
How wonderful life is while you’re in the world
I hope you don’t mind, I hope you don’t mind that I put down in words
How wonderful life is while you’re in the world
酒井俊弘司教様
様式や内容によって分類されたものをジャンルという。世の中のすべてのものは、ジャンルによって区分され得るわけだが、ジャンルが先にあるのではなく、個々の方が先に存在する。それゆえ、個々のバラエティーがジャンルにぴったりとマッチするわけではない。例えば、私はカトリックの神父だが、プロフィールを記入する際にはいつも職業欄で悩んでしまう。「カトリック司祭」はもちろん「聖職者」というジャンルが設定されていることはまずないので、「自営業」か「その他」をチェックすることになる。
倉島真希の死から始まり、同級生の主人公、川村光音(コウネ)を中心に、羽根洸希(コウキ)、教師の筒井舞衣を軸に、天文時計をシンボルに持つ学校を舞台に物語は進んでいく。登場人物たちの心のひだを繊細な文章で綴りながら、単なる時計ではない天文時計や、フギン(思考)とムニン(記憶)と名付けられた二羽の機械仕掛けのワタリガラスなど、不思議な品々が物語の色彩を深めていく。
「マタイの福音書13章、神の御言葉である種が育つための土地の条件の問いかけ、植物の『生長』への詩情、その生長を摘み取り、物語世界は鳥のように巣を作っていく。」(巻末の「あらすじ」より)
ICONO O GRAPH〔イコノグラフ〕における「種」は何なのだろうか。死んでいった真希の残したものか、川村光音と羽根洸希と筒井舞衣との間を通い合う心なのか、あるいは天文時計やワタリガラスが暗示するものなのか。それを見つけて、自分の心の中で実るまで育てていくことこそが、読者に求められているのかもしれない。
酒井俊弘
酒井神父様からの返信の一部です。
酒井俊弘 オプス・デイ属人区司祭




























