La Mort

 

凪君の撮影
死の中で意識は死に、死の中で意識は生きる。人は死を超越し、そしてその内部に、その内にとどまる。
「死」V・ジャンケレヴィッチ

  哲学というものは才能の有無で測るのかどうかは分からない。ただ、若ければ若いほど、未分化された感性や思考に叡智の可能性を秘めている。特に私が目を付けた凪君は期待している存在である。哲学にはカントやデカルトのように「規則性」によって構成されたものと、現象学やG・バシュラール、V・ジャンケレヴィッチのように、独自の文体と大量の知識が必要で難解なものもある。この難解と言われる領域に踏み込むのは、人によっては自然のことであり、実は当人とっては難解ではなかったりする。寧ろこういう領域に足を踏み入れた人間が第三者へ如何に伝えるのか、伝わらない哲学、人間の内部世界の繊細さを如何に外へ伝えるか、その表現手段を取得した時の力は素晴らしいと思っている。

凪君、彼の死に関する考察は単なる空想世界に浸ったものではない。詳細は伏せるが、彼の潜在的な死生観と後天的な死の経験から生まれている。いつまでも蝶番を断ち切らない「死」への彼の領域に私は感心がある。哲学者は十字架を背負うように背負いきれないものを言語化することである。彼の最後の「死の何をしめしているのか曖昧なまま使われていてよく分かりませんでした」という火葬されても尚、死を本当に死といえるかどうか、遺骨と無機質な存在に問いを投げかけるこのエネルギーを強く感じている。私はこの一文でエネルギーを感じ、可能性を感じたのだ。一見はネガティブで病的ではあるが、この問いかけを病にしてしまう時流のほうが病んでいる。

前回の福永武彦の「死の島」でも語ったように、科学以外では厳密に何を死とするのかは分かっていない。もしも医療が発達すれば脳死ですらも回復するかもしれない。常に死は、生を帯びている。生は死に向かっているが、死のように相対価値に頼るものを受け入れることの容易さと難しさは、多くの矛盾とオーバーラップが何度も起きるだろう。このオーバーラップしてしまう領域に彼は堂々と入ってきている。

確かに彼の今回の死の考察はV・ジャンケレヴィッチの死の人称に値している。

一人称である死というものに、二人称、三人称が関わってくることであるが、

彼はジャンケレヴィッチを知らなかったようなので、それこそ彼の死生観として

純粋な始まりだと私は思っている。ジャンケレヴィッチの区分は一人称の死は自分の死、二人称の死は親近者の死、三人称の死は見知らぬ他者の死である。そして男女限らず時の消耗に気づいていくことを「感得」と言う。死に関する暗示は性に関する暗示に似ている。「真に受けること」に他ならないこの自意識を、ジャンケレヴィッチも純粋に表している。死という抽象的概念が人に現実の出来事として現れる。抽象的な概念が、平静で観念的な、いわば登録された知識の対象となっていくのは驚くべきではない。死というものを「感得」され、第二に「関与」の経験をする。一人称で生きた関与は「真に受けること」ましてや「悲劇的にとりあげること」の本質的な条件である。死というものに対しての如何なる仲介者を受け入れずに本質に迫ろうとする凪君のエネルギーは、今後大きな活躍を期待せずにはいられない。

 私も死というものに向かって生きている存在で、読者の人達もそうだろう。それまで沢山の死の知らせを聞いてきたと思う。完全なる他者や親近者、友人、恋人、伴侶、愛や死、神について語り合った友人は病室で一人で亡くなった。如何に神や死について語り合った事が夢想に過ぎなかったのか、現実の死という喪失感を失うとやるせなかった。友人からの返信が来ない、ただそれだけのことで、友人とは言えども特に重要な用事でもなかったのでそのまま放置していた。それでも半年経ってから何気に心配になって彼に「元気?」と連絡した。三日後、彼からの返事が来て私は忙しかったので通知をスワイプした。そして後で見たら、家族の方から亡くなったという知らせを知ったのである。

通知をスワイプした、その些細な事をどんなに悔やんだか。

彼の最期の質問はこうだった「神をどう思う?」

私のこの時の返信なんて嘲笑うかのように、病魔は彼を喪失させた。

死者は死と神の事実を知っている。生者が語っていることが如何に絵空事なのか、

それとも事実と重なっているのか、死者しか知らない。そう、死者しか知らないのだ。

それでも、生者に語り掛けてくるように事象や関与が訪れる。喪に服す時間をある程度過ごせること、夢想、空想事という絶望と対峙すべく、哲学として死と向き合うこと、それは祈りの言葉に等しい。

私が今回、凪君を取り上げたのは一度ちゃんと評価したかったことと、今後への期待である。

卒業と、文部科学省の論文掲載おめでとう。こんな優れた若い子と知りあえて私も元気をもらっている。

写真も楽しみにしている。

Chris Kyogetu

凪君のhomepage https://wilhelog.hatenablog.jp/entry/2021/02/12/030354

凪君のtwitter https://twitter.com/c6h12o5_?lang=ja

@C6H12O5_

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