駆け込み訴へ

わからないかね。寂しさを、人にわかって貰わなくても、どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ
「駆け込み訴へ」太宰治




はじめに

太宰治の「駆け込み訴へ」は新約聖書のユダの裏切りを脚色したものである。ユダや愛する師、イエス・キリストを売ろうとしている。太宰は口頭でこの話を蜘蛛の糸を吐くように語り美知子夫人に書かせた。ユダの優柔不断や不安定さが太宰の分身かのように語られている。ユダといえば裏切り者の象徴であるが、太宰はユダの後にも自身の経験を何度も作品を変えて連作のように書いている。

昔、私が絵を描いていたころに「お前は何処で完成とするか」と師に聞かれたことがある。

完成とは何か、それは確かに芸術にとって問答になる。そもそも完成とは自分だけのものか。社会の認知まで辿り着いたらなのか。自分だけのものなら、下手でも最悪良かったのである。何かを求めて、観客がどれ程ほしいのか、拍手が欲しいのか、多くの友人が欲しいのか、それとも神が決める何かが欲しいのか。完成とは一言では言えないものだったが、ゲーテのファウストの最期のようなものだろうと漸く気づいた。善悪は何処かへ行こうとするが、時はそうではない。悪しき時も、良いときも、人間の生を捉える人は美しい。特に闇から一つの光のために目を覚ます時、「時よ、汝は美しい」真の完成とはこの言葉と同じだろうと。

ゲーテ:ファウスト
メフィストフェレス「Eduard von Grutzner 1895年」

1977年から1999年にかけてレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」の修復が終了した。元々、ダヴィンチの前の画家に描かれた最後の晩餐のユダはイエスと反対側の席に座って描かれていた。何故、ダヴィンチは一列の端に描いたのか。それは修復後の絵で見ればわかるように、ユダだけ影で覆われているが、他の人達も少しでも動いたら影に飲まれる位置に描かれていることが鮮明になった。ダヴィンチは善悪二元論ではなく、仏教的な善悪不二を取り入れていたと言えるのかもしれない。それは同じ16世紀の哲学衰退時期のマキャベリやベーコンに通じるものがある。15世紀にフランチェスコ会の説教師であったシエナの聖ベルナルディーノは高利貸しは道徳的に反するが、銀行家は発展のために必要とした。ヨブ記を元にしたゲーテのファウストの悪魔も16世紀に完成された。ファウストの悪魔は人間心理に沿って、ヨブのような不幸ではなく若返りを与える等、ゆっくりとファウスト博士を誘惑していった。哲学もドイツ神秘主義のような観念的なものではなく、合理的なものが生まれた。

芸術のための出費は永遠の救済を保証すると同時に、富裕層が富や感受性を誇示することによって人々の虚栄心を満足させた。

太宰治の「駆け込み訴へ」はユダが銀貨30枚でイエスを売る話の脚色をしているが、駆け込み訴えと構造がよく似ている話が太宰にはある。「清貧譚」といって、中国清時代の怪異小説の翻案で、「俗と反俗」の問題を形象化し、芸術家であるのと同時に人間として生きていくものを描いた。時代は江戸時代、菊を愛好する馬山才之助は、ふとしたことから陶本三郎、黄英姉弟を居候させることになった。三郎は菊作りの名人だった。才之助に菊を売って米塩の資を得ることを勧めるが、清貧を気取る才之助は「己の愛する花を売つて米塩の資にする等とは、もつての他です」と売ることを凌辱とまで言った。姉弟は菊を売って金にし、才之助は黄英とやがて結婚をする。清貧を貫こうとするが、現実は生活に妥協しているだけだと思い知っていく。三郎は上手に菊を売り、屋敷を綺麗にしていった。才之助は売るということだけを恥じているのではなく、実際には三郎のほうが菊の花を育てることが自分より遥かに上手かったことに嫉妬していた。やがて終盤で三郎は煙となって消えるので菊の精だとわかるのである。そして消えなかった黄英を深く愛していると気づくのである。

「駆け込み訴へ」を発表した年と「清貧譚」は同じ1940年(昭和15年)である。その年に公開された怒りの葡萄も資本主義という怪物を表しているが、映画版では設定をその当時に合わせて新たなメッセージを込めた。それは「民衆は生き続ける」というものだった。

ディズニー社からはピノキオ、ファンタジアが出されたが、ピノキオはアメリカでは公開当時業績が振るわなかった。ディズニー版のピノキオは、妖精はピノキオを動かす前に「善と悪」を与えると言った。そして小さなジミニ―クリケットを「善」とし、悪については触れなかったそれはこれからピノキオが目の当たりにする社会だからである。小さな善は、忘れられて誘惑に負けるピノキオを止められなかった。邪のないピノキオに声をかけるのが「悪」であり、イノセントではいられない、黙ってついていく恐ろしさを教訓として与えている。偶然にも、これらの作品のテーマに合わせるかのように太宰の作品はある。それはこのピノキオはジミニ―クリケットの力のみではなく、自発性を持って鯨の中にゼペットを救い出す。この自発性の「善」と行動こそ永遠の理想であるが、前作の「白雪姫」ほどの華やかさがないために、戦時中とはいえ会社を赤字まで追い込むほど売れなかった。その一連の流れが人間の変わらない課題かのように思える。

「駆け込み訴へ」のユダは裏切り者の象徴として西洋では置かれている。福音書のユダの箇所の脚色であるが、太宰とユダが重なったかのような語り部が特徴である。小難しい言葉を使わず慣れ親しんだ言葉であるが、無駄がない。ユダが執着している「あの人」とはイエス・キリストのことである。だからこそ一言一句に緊張感を持っている。同じように福音書の脚本で有名なのはオスカー・ワイルドの「サロメ」である。これは戯曲だが、これもまた人間の邪心から見る聖なるものを輝かせて見せている。その神聖なものがどれ程の光を持っているのか、その意味が分からない間は人間の欲求の饒舌なセリフに呑まれて気づけず、単なるエゴイズムと耽美としか捉えられない。耽美が悪いという事ではなく、悪魔的に蠢くものにも神聖さが降り注いでいる。(バタイユ的)それは、どの視点で描かれているかどうかの違いで、ただの悪魔的に済ませてしまったら、それは単なる悪魔という怪物である。それを人間とするのは「光」のコントラストがあることだ。それこそダヴィンチの「最後の晩餐」のように、誰しも象られる光と影である。絵画の技法で影が光を象ることがあるように、サロメはカトリック的な禁忌を犯しながら神聖な存在の口づけを欲しがる。それは包み込むような愛ではなく、想いは剣のように尖っていった。ヨハネの首を手に入れたサロメは禁忌を犯して処刑される。太宰のユダはサロメのような戯曲(演劇)ではなく、「落語」のようなものだった。大体の落語は有名な「饅頭怖い」のように、人間の内面を深く書くことはあまりない。サロメはヨカナーンの死後、処刑されるところが加えられたが、太宰のユダは自殺のシーンは無い。自殺といえば太宰、とまで異名がつくほどの作家が、神聖な存在のために自死の欲求をユダにも被せなかったこと、いくつかの聖書内の目に見えない掟を踏ませたことは深層心理として注目されてもよいと思っている。

太宰治も麻薬中毒者でフラつきながら、当時はまだ希少だった「聖書知識」のバックナンバーを借りたいと悲鳴のようなハガキを送ったりしていた。(桜桃とキリスト・長谷部出雄から参照)彼は他の宗教よりもキリスト教に入れ込んでいるところがあった。洗礼は受けていないが、自分は父である主から見られていて、自分の罪は記録されているという意識があったようだ。若い頃からカルモチン(睡眠薬)で自殺を試みる彼は、求めていたのは救済というより、戒律と己を比較して己の心の汚穢(おえ)を見つめていた。日本三大クズ作家の一人と言われるほどの太宰治は、妻の津島美智子の回想録でも記載があるように、働いたお金で家族を養うという認識が極端に欠けていた。不倫もすれば、野良犬を拾っても責任を取らない。それでも行動と矛盾した感情が、時には誠実に、時には誰かの代弁者のように文章を書かせた。心理学者はこれらの状態に症状として名前をつけたがるかもしれないが、これが芸術家ともいえる。感受性というものは、人が「存在」の根拠を探している間も待っていられないし、待っていては死んでしまう。実際に未だ現代でも感受性がギフテッドと呼ばれるレベルまであると居心地が良い社会にはなっていない。太宰を嫌う人は、この「駆け込み訴へ」も浅いと言う。矛盾性も深いわけでもなく、宗教も専門性とは言い難い。恐らく、聖職者はユダの解釈を浅いとも言うのかもしれない。何故、私がそれを扱うのかというと、イエスを売ったユダは、そういう事なんだと思うからだ。何か綿密な計画があったわけではない。

「あなたがたが十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ」と福音書の中で、ヨハネによる福音書の6章70節にヨブを最も否定的に描かれてある。福音書でユダが悪魔だと記載があるのはヨハネとルカであるが、聖書に登録されている福音書4編はそれぞれの視点で描かれ、多面的でありながら統合しようとすることによって深い理解が生まれる。太宰のユダは特別な悪意でもなく、ヨブ記やファウストに目をつけた神と交渉できるような高度な悪魔でもなかった。実際のイエスは自分を裏切る運命を知っていることを見抜いていた。太宰が捉えた悪魔性とは、高度な破滅をもたらすものではなく、人間誰しも持つ矛盾した二面性が表現されている。

太宰治もまた、何度も自身の体験を脚色交えて語り、妻の回顧録、心中した愛人の日記、師匠である井伏鱒二の書き残したものがありながらも、太宰治の負の面の解釈は統一出来ないが、ユダも同じである。狡猾な知能犯のような犯罪よりも、誰しもが抱く感情で事が大きくなることへの戒めは、宗教として必要な脆さである。

「駆け込み訴へ」の引用に使われたマタイの福音書。23章25節「禍害なるかな、僞善なる 學者、パリサイ人よ、汝らは 酒杯と皿との外を潔くす、されど 内は貪慾と放縱 とにて滿つるなり」は内側だけを綺麗にし、本質を見ないことへの戒めがある。この世に刑罰で裁かれない罪は多く存在する。この事に対して太宰のユダは頭が混乱しているようだった。賃金も欲しいが、イエスの愛も欲しい。ユダは救世主に対して壮大な力を期待していた。しかし、イエスのやってることは貧しい人にばかり優しくする。銀貨30枚とは旧約聖書でいえば奴隷と同じ価値といえる。もっと有能で賢い裏切りであれば、もっと巨大な富を得るのかもしれない。けれども、ユダはそうできなかった。その小さな愚かさが、戒めとして福音書の完成に残ることは太宰の脚色は 左程本質から離れてはいない。当時でいえばユダは何の刑だったのだろうか? ユダは当時の律法において何の罪も犯していないのだ。それなのに、自殺をした。それだけでイエスがどんな存在だったのか説明は事足りる。

「清貧譚」で、著者自身の働くことへの抵抗感への表れがあった。それと同時に賃金に変えられない神聖さを求めているのもある。人間は、本当に働きたいのだろうか、そう考えたことないだろうか。なんでも評価やお金に変えることばかりではなく神聖なものを求めたい、それも一つの人間の本質である。しかし聖書は労働の書でもある。カインとアベルの頃からずっと人間は労働し続けている。だからこそイエスの活躍に人々は期待があった。それなのに自己啓発的なものが簡単に得られない。重力に逆らえないのが人間であるが、それに上昇を与えるのは何なのか。それが本来の愛であるべきである。太宰のユダは魂の上昇を望んだが、その愛情を重力に逆らえずに「はした金」で失ったのである。

――けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あんな美しい人はこの世に無い。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない――(駆け込み訴へ 太宰治)

 人間は誰しもが善意はある。純粋に神聖なことに感涙する心がある。それは御伽噺なのか、選択や判断が混乱させると私はまだ信じている。イエス・キリストはその人間の可能性を信じていたが、「私を裏切るのなら――生まれてこなければよかった」(マタイによる福音書26:24)とも言えた現実も知っている。その言葉をどう捉えるのか文学は検証せず、聴衆の顔色を伺わずにその可能性が書ける。それは始まりは光だったはずだ。創世記にように――ヨハネの福音書の一章の始まりのように――しかし、悪魔は常に現実味を帯びて自分を無価値のように思わせる。反省もしなけばならないが、自分自身を無価値だと思うことは被造物を否定する。何を回心して、自分を愛さなければならないのか。自己愛を超えた神と交わりのある自分を、どうやって見つけるのか。

魂の動きは重力のようなもので常に落ち続けている。時には重力によって救いの糸を切ってしまう。キリスト者にとって重要なのは回心と赦しであるが、自分の心が自分を全てを認識しているとは限らない。その自己矛盾を逃さないように自分を捉えることは容易ではない。作家にとって自分の経験を書くことは、告解のようだった。実際の告解も本当にそうだったのかを問われることがない。語り始めればそれで儀式が始まる。語ることが嘘の罪であっても、もしくは事実とは違う罪だったとしても、その人が語ること全てで判断する。原稿が告解室となるときに、定まらないこともあるだろう。うまく言葉に出来ない感情を、言葉に出来るように脚色して事実を書くということ、作り話であっても、魂を書き残すということ、そこには聞いてくれる神父もいないので、常に運命に育てられることになる。一言で心中といってもそんな相手は早々に見つからない。けれども太宰と心中した女性は複数いた。手繰り寄せる運命は計画だけではどうにもならない。告解には必ず、外部への償いを諭されるが、文学者にとっては悪魔的か、回心か二つの道がある。どちらもうまく行けば芸術になりうる。真面目だったファウスト博士にとっては、それが悪魔的になった。ゲーテもよく理解していたはずだ。太宰作品の「ヴィヨンの妻」に使われたフランスのヴィヨンは窃盗に女癖が悪かった。純粋であったはずの言葉が、形になろうとするときに、完成を探すときに正しいだけではいられない。「清貧譚」では、菊の花を お金に変えられない男は、その純粋な気持ちを疑った。

 イエスを愛したユダは自分の愛すらを見失い道化のように笑った。少しでも太宰が心理学的にも哲学としても、もしくは美しい詩情で納得のいく人格を書いていたのならユダにはならなかっただろう。ただ分かることは居心地が悪い中、常に太宰は書いていたことだ。本当に告解室でこれほど自分を理解しているのなら、太宰を悪く言えるのかもしれない。それこそ、石を投げるように。

*告解‐‐ゆるしの秘跡(表現上の都合)

 *「駆け込み訴へ」の朗読が三日間で1万再生いきました。2017年に落語のようだと書いてから本当にそのように読んでもらいました。1万再生行ったのはこの投稿を書いている途中でした。

コメントを残す

Blog at WordPress.com.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。