人間失格―Ⅱ 

今回は動画を作った経緯を書きました。

 太宰治の人間失格の、第一の手記の始まり「恥が多い生涯を送ってきました」という以外は、過去の私には平凡すぎて分からなかった。まず私は東北の田舎を知らないので、とっかかりがなく、むしろ九州の田舎に住んでいた私にとっては、余計に重なるところもあるせいもあって田舎の描写が退屈で仕方なかった。私にとっては出ていきたい田舎だったので、この情景に関心を寄せられなかった。

今になって分かることは、「人間失格」は別記事でも書いたように、何度も若い頃から構想された話だった。この田舎の風景は太宰の若い頃から何度も反芻した田舎なのかもしれない。もしくは老いた自分への想像だったのかもしれない。それは、心の中で晴れて一度も鮮やかになることはない、それは本人が変わることが来ることも望まなかったが、どうしても残るのは若さが故の、情熱があると田舎は新緑のように輝いてしまう。枯れ木ですら、春に芽吹く力が残ってしまう。死を表すとしたら、蝉や生き物の死でないと表現できない。それでも、まだ残るのが「光」だ。若い間というのは絶望や拒絶、虚無も若さがあると、扉を自分で閉めているだけという力が隠せない。熟成していくとは何なのか、何を経験すればそれが出来るようになるのか、それは明確には分からない。きっと太宰の若き日の「老いた自分のような予想図」は本当に予想通りになったか、もしくはそういう人生を選んでしまったのだろう。「いまは、自分には幸福も不幸もありません」という言葉こそ、この田舎の描写そのものだったと、大人になって気づいた。この田舎は、輝いてもいないが暗闇でもない。ゴッホが夜のほうが 色が鮮やかだと言ったことや、キリストの磔刑に使われたとされる糸杉の木に思いを寄せるのとは違う。

それは一人称による右回りの時の流れにとどまらず、「幸福も不幸もありません」という未来予想図やアイディンティティである故郷を含めている。中年はまだ若いとも言えるが、着々と死へと向かっている年齢でもある。大抵のことは下流の石のように削れて忘れていくのも分かっていく。辛いことだけ濃く、幸せなことは探せない石になった人もいるだろう。もしくは、言葉や概念で考えなくなった人もいるだろう。若い情熱は無理して演じても戻ってこない。いつか、牧歌的な満開の桜が咲くような田舎を書くことは容易ではなくなっていくことに気付くだろう。だから、太宰の心中相手の山崎富栄の若さが、原稿の校正として必要だったのだと私は分析する。山崎富栄は「二十八」歳だった。それは「偶然」かもしれないが――。それで、若い頃から層のように積み重ねた心象の実現に、若い太宰が見ようとした老いた自分が完成するのだ。

今回の朗読は短編構成のために、第一の手記と第三の手記の最後を重ねた。朗読した人は作中の主人公「葉蔵」の二十七歳と歳が近く、映像を考えた私は執筆した太宰の歳ではないが、着々と寄っている。ゴッホは三十七歳で死んだが、まだこの頃は色彩が思い出せる。確かに、私もそうだった。でもそれを過ぎると世界が変わって見える。葉が落ちた枝が春に芽吹くことにすら感動を忘れたように、若さを忘れる。ようやく欲しかった成熟さを手に入れるが、自分には情熱を失ってしまう。それが私にも訪れた現実だった。だから、若い人に教え、若い人を見るようになる。ただ絶望を書きたいわけでも無い。執筆を志したのだから希望があったことを残すためだろう。冷めきった心象にも春が来るように、最後が海辺の光であることを望むようにと、それが必要になる。

映像は私の拙さがあるが、構成は今だからこそ思いついた。完成度は、映像としてはレベルが低いものだが、この思い出は誰にも作れない。このように私の年齢と、彼の年齢の組み合わせは二度と来ない。彼の声の「二十七」というのが演じているのではなく、そこに本当の若さが残る。それに「若さ」と単純にいってもそれだけで選べるのではない。太宰が「死ぬ気で恋愛してみないか?」と言って山崎富栄を選んだのと同じように、私にとって彼はそうだった。それ言葉に以上は言葉にしない。

この朗読は太宰の命日に出した。最近の私は「自死」についてみることは疲れてしまうので見なくなった。けれども、この日に出すことに意味があった。私は、ゴッホのような色鮮やかなものをもう一度、期待したが、彼の誠実さでより一層、キリスト教徒として生きていくことに傾いた。それは教えられた通りに守るというのと違う。神の言葉の前に、まずは相手の幸福を願うことだ。それが全てを通じる入り口であると信じたい。

  多くの恋人たちにも、水中に溺れ、何度も息を止めるようなことが訪れることだと思う。三位一体と、恋をして愛した人がかけ離れるような悲しいことがおきないように。教えがあるからといって相手を否定することは間違えである。聞き入れない人がいてもイエスが居た「場所」は意味がある。イエスは人の姿で現れた。その地に温もりを。冷たい水の底ではなく、温もりを。二人が居た痕跡や何か意味があることを残すことも、お互いの知恵がいる。愛に任せるだけだと、愛に溺れて消えてしまう。だから知恵は必要である。それは信仰にも言えることであるが、この話は別でしようと思う。愛には必ず出会いがあるということ、それを忘れないように生きられることを。どんな最後があっても、それでも多くの恋人たちがお互い出会えたことに感謝できるように。

死よりも前に、愛していると言えるように。

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駆け込み訴へ

わからないかね。寂しさを、人にわかって貰わなくても、どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ
「駆け込み訴へ」太宰治




  1. はじめに

はじめに

太宰治の「駆け込み訴へ」は新約聖書のユダの裏切りを脚色したものである。ユダや愛する師、イエス・キリストを売ろうとしている。太宰は口頭でこの話を蜘蛛の糸を吐くように語り美知子夫人に書かせた。ユダの優柔不断や不安定さが太宰の分身かのように語られている。ユダといえば裏切り者の象徴であるが、太宰はユダの後にも自身の経験を何度も作品を変えて連作のように書いている。

昔、私が絵を描いていたころに「お前は何処で完成とするか」と師に聞かれたことがある。

完成とは何か、それは確かに芸術にとって問答になる。そもそも完成とは自分だけのものか。社会の認知まで辿り着いたらなのか。自分だけのものなら、下手でも最悪良かったのである。何かを求めて、観客がどれ程ほしいのか、拍手が欲しいのか、多くの友人が欲しいのか、それとも神が決める何かが欲しいのか。完成とは一言では言えないものだったが、ゲーテのファウストの最期のようなものだろうと漸く気づいた。善悪は何処かへ行こうとするが、時はそうではない。悪しき時も、良いときも、人間の生を捉える人は美しい。特に闇から一つの光のために目を覚ます時、「時よ、汝は美しい」真の完成とはこの言葉と同じだろうと。

ゲーテ:ファウスト
メフィストフェレス「Eduard von Grutzner 1895年」

1977年から1999年にかけてレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」の修復が終了した。元々、ダヴィンチの前の画家に描かれた最後の晩餐のユダはイエスと反対側の席に座って描かれていた。何故、ダヴィンチは一列の端に描いたのか。それは修復後の絵で見ればわかるように、ユダだけ影で覆われているが、他の人達も少しでも動いたら影に飲まれる位置に描かれていることが鮮明になった。ダヴィンチは善悪二元論ではなく、仏教的な善悪不二を取り入れていたと言えるのかもしれない。それは同じ16世紀の哲学衰退時期のマキャベリやベーコンに通じるものがある。15世紀にフランチェスコ会の説教師であったシエナの聖ベルナルディーノは高利貸しは道徳的に反するが、銀行家は発展のために必要とした。ヨブ記を元にしたゲーテのファウストの悪魔も16世紀に完成された。ファウストの悪魔は人間心理に沿って、ヨブのような不幸ではなく若返りを与える等、ゆっくりとファウスト博士を誘惑していった。哲学もドイツ神秘主義のような観念的なものではなく、合理的なものが生まれた。

芸術のための出費は永遠の救済を保証すると同時に、富裕層が富や感受性を誇示することによって人々の虚栄心を満足させた。

太宰治の「駆け込み訴へ」はユダが銀貨30枚でイエスを売る話の脚色をしているが、駆け込み訴えと構造がよく似ている話が太宰にはある。「清貧譚」といって、中国清時代の怪異小説の翻案で、「俗と反俗」の問題を形象化し、芸術家であるのと同時に人間として生きていくものを描いた。時代は江戸時代、菊を愛好する馬山才之助は、ふとしたことから陶本三郎、黄英姉弟を居候させることになった。三郎は菊作りの名人だった。才之助に菊を売って米塩の資を得ることを勧めるが、清貧を気取る才之助は「己の愛する花を売つて米塩の資にする等とは、もつての他です」と売ることを凌辱とまで言った。姉弟は菊を売って金にし、才之助は黄英とやがて結婚をする。清貧を貫こうとするが、現実は生活に妥協しているだけだと思い知っていく。三郎は上手に菊を売り、屋敷を綺麗にしていった。才之助は売るということだけを恥じているのではなく、実際には三郎のほうが菊の花を育てることが自分より遥かに上手かったことに嫉妬していた。やがて終盤で三郎は煙となって消えるので菊の精だとわかるのである。そして消えなかった黄英を深く愛していると気づくのである。

「駆け込み訴へ」を発表した年と「清貧譚」は同じ1940年(昭和15年)である。その年に公開された怒りの葡萄も資本主義という怪物を表しているが、映画版では設定をその当時に合わせて新たなメッセージを込めた。それは「民衆は生き続ける」というものだった。

ディズニー社からはピノキオ、ファンタジアが出されたが、ピノキオはアメリカでは公開当時業績が振るわなかった。ディズニー版のピノキオは、妖精はピノキオを動かす前に「善と悪」を与えると言った。そして小さなジミニ―クリケットを「善」とし、悪については触れなかったそれはこれからピノキオが目の当たりにする社会だからである。小さな善は、忘れられて誘惑に負けるピノキオを止められなかった。邪のないピノキオに声をかけるのが「悪」であり、イノセントではいられない、黙ってついていく恐ろしさを教訓として与えている。偶然にも、これらの作品のテーマに合わせるかのように太宰の作品はある。それはこのピノキオはジミニ―クリケットの力のみではなく、自発性を持って鯨の中にゼペットを救い出す。この自発性の「善」と行動こそ永遠の理想であるが、前作の「白雪姫」ほどの華やかさがないために、戦時中とはいえ会社を赤字まで追い込むほど売れなかった。その一連の流れが人間の変わらない課題かのように思える。

「駆け込み訴へ」のユダは裏切り者の象徴として西洋では置かれている。福音書のユダの箇所の脚色であるが、太宰とユダが重なったかのような語り部が特徴である。小難しい言葉を使わず慣れ親しんだ言葉であるが、無駄がない。ユダが執着している「あの人」とはイエス・キリストのことである。だからこそ一言一句に緊張感を持っている。同じように福音書の脚本で有名なのはオスカー・ワイルドの「サロメ」である。これは戯曲だが、これもまた人間の邪心から見る聖なるものを輝かせて見せている。その神聖なものがどれ程の光を持っているのか、その意味が分からない間は人間の欲求の饒舌なセリフに呑まれて気づけず、単なるエゴイズムと耽美としか捉えられない。耽美が悪いという事ではなく、悪魔的に蠢くものにも神聖さが降り注いでいる。(バタイユ的)それは、どの視点で描かれているかどうかの違いで、ただの悪魔的に済ませてしまったら、それは単なる悪魔という怪物である。それを人間とするのは「光」のコントラストがあることだ。それこそダヴィンチの「最後の晩餐」のように、誰しも象られる光と影である。絵画の技法で影が光を象ることがあるように、サロメはカトリック的な禁忌を犯しながら神聖な存在の口づけを欲しがる。それは包み込むような愛ではなく、想いは剣のように尖っていった。ヨハネの首を手に入れたサロメは禁忌を犯して処刑される。太宰のユダはサロメのような戯曲(演劇)ではなく、「落語」のようなものだった。大体の落語は有名な「饅頭怖い」のように、人間の内面を深く書くことはあまりない。サロメはヨカナーンの死後、処刑されるところが加えられたが、太宰のユダは自殺のシーンは無い。自殺といえば太宰、とまで異名がつくほどの作家が、神聖な存在のために自死の欲求をユダにも被せなかったこと、いくつかの聖書内の目に見えない掟を踏ませたことは深層心理として注目されてもよいと思っている。

太宰治も麻薬中毒者でフラつきながら、当時はまだ希少だった「聖書知識」のバックナンバーを借りたいと悲鳴のようなハガキを送ったりしていた。(桜桃とキリスト・長谷部出雄から参照)彼は他の宗教よりもキリスト教に入れ込んでいるところがあった。洗礼は受けていないが、自分は父である主から見られていて、自分の罪は記録されているという意識があったようだ。若い頃からカルモチン(睡眠薬)で自殺を試みる彼は、求めていたのは救済というより、戒律と己を比較して己の心の汚穢(おえ)を見つめていた。日本三大クズ作家の一人と言われるほどの太宰治は、妻の津島美智子の回想録でも記載があるように、働いたお金で家族を養うという認識が極端に欠けていた。不倫もすれば、野良犬を拾っても責任を取らない。それでも行動と矛盾した感情が、時には誠実に、時には誰かの代弁者のように文章を書かせた。心理学者はこれらの状態に症状として名前をつけたがるかもしれないが、これが芸術家ともいえる。感受性というものは、人が「存在」の根拠を探している間も待っていられないし、待っていては死んでしまう。実際に未だ現代でも感受性がギフテッドと呼ばれるレベルまであると居心地が良い社会にはなっていない。太宰を嫌う人は、この「駆け込み訴へ」も浅いと言う。矛盾性も深いわけでもなく、宗教も専門性とは言い難い。恐らく、聖職者はユダの解釈を浅いとも言うのかもしれない。何故、私がそれを扱うのかというと、イエスを売ったユダは、そういう事なんだと思うからだ。何か綿密な計画があったわけではない。

「あなたがたが十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ」と福音書の中で、ヨハネによる福音書の6章70節にヨブを最も否定的に描かれてある。福音書でユダが悪魔だと記載があるのはヨハネとルカであるが、聖書に登録されている福音書4編はそれぞれの視点で描かれ、多面的でありながら統合しようとすることによって深い理解が生まれる。太宰のユダは特別な悪意でもなく、ヨブ記やファウストに目をつけた神と交渉できるような高度な悪魔でもなかった。実際のイエスは自分を裏切る運命を知っていることを見抜いていた。太宰が捉えた悪魔性とは、高度な破滅をもたらすものではなく、人間誰しも持つ矛盾した二面性が表現されている。

太宰治もまた、何度も自身の体験を脚色交えて語り、妻の回顧録、心中した愛人の日記、師匠である井伏鱒二の書き残したものがありながらも、太宰治の負の面の解釈は統一出来ないが、ユダも同じである。狡猾な知能犯のような犯罪よりも、誰しもが抱く感情で事が大きくなることへの戒めは、宗教として必要な脆さである。

「駆け込み訴へ」の引用に使われたマタイの福音書。23章25節「禍害なるかな、僞善なる 學者、パリサイ人よ、汝らは 酒杯と皿との外を潔くす、されど 内は貪慾と放縱 とにて滿つるなり」は内側だけを綺麗にし、本質を見ないことへの戒めがある。この世に刑罰で裁かれない罪は多く存在する。この事に対して太宰のユダは頭が混乱しているようだった。賃金も欲しいが、イエスの愛も欲しい。ユダは救世主に対して壮大な力を期待していた。しかし、イエスのやってることは貧しい人にばかり優しくする。銀貨30枚とは旧約聖書でいえば奴隷と同じ価値といえる。もっと有能で賢い裏切りであれば、もっと巨大な富を得るのかもしれない。けれども、ユダはそうできなかった。その小さな愚かさが、戒めとして福音書の完成に残ることは太宰の脚色は 左程本質から離れてはいない。当時でいえばユダは何の刑だったのだろうか? ユダは当時の律法において何の罪も犯していないのだ。それなのに、自殺をした。それだけでイエスがどんな存在だったのか説明は事足りる。

「清貧譚」で、著者自身の働くことへの抵抗感への表れがあった。それと同時に賃金に変えられない神聖さを求めているのもある。人間は、本当に働きたいのだろうか、そう考えたことないだろうか。なんでも評価やお金に変えることばかりではなく神聖なものを求めたい、それも一つの人間の本質である。しかし聖書は労働の書でもある。カインとアベルの頃からずっと人間は労働し続けている。だからこそイエスの活躍に人々は期待があった。それなのに自己啓発的なものが簡単に得られない。重力に逆らえないのが人間であるが、それに上昇を与えるのは何なのか。それが本来の愛であるべきである。太宰のユダは魂の上昇を望んだが、その愛情を重力に逆らえずに「はした金」で失ったのである。

――けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あんな美しい人はこの世に無い。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない――(駆け込み訴へ 太宰治)

 人間は誰しもが善意はある。純粋に神聖なことに感涙する心がある。それは御伽噺なのか、選択や判断が混乱させると私はまだ信じている。イエス・キリストはその人間の可能性を信じていたが、「私を裏切るのなら――生まれてこなければよかった」(マタイによる福音書26:24)とも言えた現実も知っている。その言葉をどう捉えるのか文学は検証せず、聴衆の顔色を伺わずにその可能性が書ける。それは始まりは光だったはずだ。創世記にように――ヨハネの福音書の一章の始まりのように――しかし、悪魔は常に現実味を帯びて自分を無価値のように思わせる。反省もしなけばならないが、自分自身を無価値だと思うことは被造物を否定する。何を回心して、自分を愛さなければならないのか。自己愛を超えた神と交わりのある自分を、どうやって見つけるのか。

魂の動きは重力のようなもので常に落ち続けている。時には重力によって救いの糸を切ってしまう。キリスト者にとって重要なのは回心と赦しであるが、自分の心が自分を全てを認識しているとは限らない。その自己矛盾を逃さないように自分を捉えることは容易ではない。作家にとって自分の経験を書くことは、告解のようだった。実際の告解も本当にそうだったのかを問われることがない。語り始めればそれで儀式が始まる。語ることが嘘の罪であっても、もしくは事実とは違う罪だったとしても、その人が語ること全てで判断する。原稿が告解室となるときに、定まらないこともあるだろう。うまく言葉に出来ない感情を、言葉に出来るように脚色して事実を書くということ、作り話であっても、魂を書き残すということ、そこには聞いてくれる神父もいないので、常に運命に育てられることになる。一言で心中といってもそんな相手は早々に見つからない。けれども太宰と心中した女性は複数いた。手繰り寄せる運命は計画だけではどうにもならない。告解には必ず、外部への償いを諭されるが、文学者にとっては悪魔的か、回心か二つの道がある。どちらもうまく行けば芸術になりうる。真面目だったファウスト博士にとっては、それが悪魔的になった。ゲーテもよく理解していたはずだ。太宰作品の「ヴィヨンの妻」に使われたフランスのヴィヨンは窃盗に女癖が悪かった。純粋であったはずの言葉が、形になろうとするときに、完成を探すときに正しいだけではいられない。「清貧譚」では、菊の花を お金に変えられない男は、その純粋な気持ちを疑った。

 イエスを愛したユダは自分の愛すらを見失い道化のように笑った。少しでも太宰が心理学的にも哲学としても、もしくは美しい詩情で納得のいく人格を書いていたのならユダにはならなかっただろう。ただ分かることは居心地が悪い中、常に太宰は書いていたことだ。本当に告解室でこれほど自分を理解しているのなら、太宰を悪く言えるのかもしれない。それこそ、石を投げるように。

*告解‐‐ゆるしの秘跡(表現上の都合)

 *「駆け込み訴へ」の朗読が三日間で1万再生いきました。2017年に落語のようだと書いてから本当にそのように読んでもらいました。1万再生行ったのはこの投稿を書いている途中でした。

鎮魂詩

まだ知ることなく 留まることのない 美しい今日を
酔いしれたように氷面を打ち破ってくれるだろうか。
この固く閉ざされた忘却の湖に降りかかる氷花の下で、
逃れることが出来なかった飛翔にとどまっている。

かつての白鳥は想い出す。それは黄金律の美しさによって
生きるべき領地で歌わずにいたことで、希望もないまま
不毛の冬から倦怠を解き放ったことを。

白鳥はこの困難について首を振るだろう。
万物の広がりを否定する鳥に与えたこの白い試練を、
その羽が担う地上の恐怖などを気にせずに、
その純粋な輝きが意味を成そうとする幻影は
微動だにせず、その悲劇と冷たい夢を流刑の中へ。
それは身に纏う、白鳥の姿。 


マラルメ「白鳥のソネ」翻訳:ChrisKyogetu

友人のご家族が亡くなった際に世間話を頼まれた。最近、人との接触が少ない最中で意外と難しい話だった。友人の性格を考えながら、自分が通夜で眠らない日の最中見るとしたら何かないかと思っていた。きっと他の人なら「それで?」と話が繋がらないだろうけれども、友人なら分かると思うので書き残した。その内容をここでも書き残すことにする。

私の祖父が生前に文学の集まりで太宰治を見たことがあると言っていた。祖父と太宰は同じ大学だった。しかし祖父は貧困の家の出なので入学の仕方が太宰達とは違った。祖父は当時、県や国がお金を払うほどの努力の人だった。そんな祖父は詩人になりたかった。マラルメを特に好んでいたようで、彼は優秀だったので自分こそがマラルメを引き継げると自負があった。そんな中で彼は太宰治がいるところに一回だけ参加したことがあった。 彼から見たら、当時の太宰は阿保にしか見えなかった。けれども太宰の周りは楽しそうに彼の話を聞く。そんな太宰がマラルメを語ったときに、祖父の心はかき乱された。自分が好きな作家が嫌いな人に歪曲され、その人のほうが本を出せる。その現実を、祖父は語ってくれた。どちらかといえば、祖父の言葉よりも感情のほうが印象に残っている。冷静になんでも答えるその人が、その光景が見えているかのように語るからだ。私はその当時の光景を狭くて小さな部屋で無名作家や革命家が集まる意気揚々とした様子が少し見えたような気がした。祖父はその集まりを道楽だと貶したが、私に言った。太宰は……「世の中のつまんない事も面白おかしく話す。みんなそれで一緒にいて楽しいと思う。それはお前に似ているな。お前は作家になったらどうか? おじいちゃんにはその才能がなかったからな」

その当時、私は小学生でマラルメも太宰もよくは知らなかった。あの人の書斎には聖域のようにガラス扉の本棚にマラルメやヴァレリーはあって、開けることは禁止されていた。「欲しかったら、お金を渡すから自分で買ってくれ」それが彼の口癖だった。けれども、この人がどんな文学を好んでいるのかは肌で分かっていた。だから私はその時に言った。「その嫌いな作家達に盗られた話を私が取り返してあげる」彼は「そうか」と笑っていたのだと思う。私はその後、すぐにそれを実行したわけでもなくそのまま法学部、心理学部に進学すると祖父は言った。「詩こそ最高の学問だ」と言った。けれども私は聞き流した。内心は、本能的なものなのか上だと思っている人を超えたかった。輝かしいこの人の実績を超えたかった。

私が学生時代のころは既に心理学の「無意識」は否定の方向*へと向かっていた。 現代は特に忌み嫌われている。「無意識は存在しない」現象学においての無意識へのエポケー(括弧)は、ヤスパースの痛烈なフロイト批判の最中、自分の視野を出来るだけ拡大することに務める。主観と客観と世界、それらの布置を適格に把握しようとする動きによって進んでいた。私も、学生時代に集合的無意識の論文を書いたが、それはまるで瀕死の事実を看取るような気分だった。その経験を生かした小説を一本仕上げた後は哲学の現象学に移動した。ユングの心理療法は告白、解明、教育、変容(transformation)であったが、現代がそんな事を聞かされない事が大半なので、どのように心理療法が定まったのか自明だろう。あまり医療行為にも触れるこの点は多くは語らないが、無意識という領域は完全否定出来るものなのか分からない。今回は少し、人間現象の背後に影響がある混沌について語ろうと思う。

今回、友人から家族が亡くなった知らせと同時に世間話を頼まれた。ただそれだけの事だったが、祖父のことを思い出せたのである。その前後付近に太宰もマラルメも何か触れていたわけでもない。ただ、昨今は面白い話というものを持ち合わせていなかった。祖父が話していた、太宰がマラルメを語っていた、というのはその時に調べ直したが、ダスゲマイネという話にマラルメの記載があった。

ダスゲマイネというのは「Das Gemeine(通俗的)」とドイツ語だったので、マラルメというフランス作家に結びつくのが遅れた。それに太宰治といえば他の小説のほうが目立っている。それでも確かにダスゲマイネに太宰は自身を「太宰治」として登場させている珍しい作品だった。その当時の草案を祖父は聞いたのか、それは定かではない。私の想起は、証拠こそないが辻褄が合っていた。探している間、楽しいひと時を過ごした。世代も価値観も、懸け離れていた家族が好きだったものを辿ることは、魂の痕跡を辿っているようだったのだ。故人の記憶というものは、すぐに思い返せるものが全てではないのかもしれない。福永武彦が「愛の試み」で綴った愛の章で、「盲点」に関しては挿話だった。人生の中の盲点とは学術用語で説明できるものではない。このように、人間の機微によって必ず意識されないところに在る。

祖父は幼い頃は電気も通っていないほどの貧しい家の子だった。その中でほぼ奨学金のみで太宰や革命家の集会に誘われる場所まで行った。そこに集まるのは金持ちの道楽で、祖父のように忙しい学生にとっては下らないものだった。その集まりは夢物語ばかりで、実が無い、道楽だと言っていた。しかし、本当に祖父は下らないと思ったのだろうか、それとも意識の他に何かあったのかもしれない。そうでなければ、私に「作家になったらどうか」なんて言うものだろうか。

 ユングとフロイトは心理療法で「告白」を重視していた。それは意識が強い人は「説明」は理路整然と話すが「告白」をしないからである。告白というものは中々難しい。そのような場はあまり存在しないからだ。無意識に偏りすぎると思い込みというのが発生する。 無意識への問いかけは、隠喩のように必要とされなくなっている。祖父の発言は何か目的を見せることもなく、単なる偶然によるものだった。それは確かではあるが、ダスゲマイネ――通俗的 というものから、取ってあげると言った幼い私は、今の私を見たら恰もそのために生きていたかのようになった。今回の話は時代と共に廃れた意識によって抑圧なき「告白」である。

何故、祖父がマラルメや詩を好きだったかどうか真意を私は聞けないままだった。それは家族の誰もが知らない。きっと語られても理解されなかっただろう。それなのに、マラルメと祖父の生い立ち、太宰が語っただけで何故気に食わなかったのか、それだけの話で浮かび上がってくる。マラルメは神がいなくても、詩によって生きようとした。

自殺を思いとどまったのも詩のお陰だったマラルメは*、太宰と死生観と信念が真逆だった。まず、マラルメは難解で、フランス語をよく理解していないとイメージが難しいとされている。マラルメのフランス語の本は、祖父は教会から貰ったようだった。それと一緒に貰った聖書も読んでいたようだが、祖父はキリスト教徒ではなかった。貧しかった彼は教会で勉強させてくれていた事があった。それは、宗教ではなく外国語と物語だった。モーセの箇所は何度も読んだと聞いた。次に彼は、――神が居ないと思うと自分が気づくことと、世界が一致しているわけではないと言った。反対に神がいると思うことも、世界と一致しているわけではない。絶対に自分の考えで世界を語るような事だけは「誤り」だと。たとえそれが、宗教者であっても、無宗教であっても、常に矛盾に気づいていくことを教えた。

私達は常に矛盾の中で生きている。

祖父が何を考えていたのか正確なことは知れないが、マラルメの「白鳥のソネ」は、人間は空しく、無に返す存在であり、神無き虚無の中でそれでも「確実に存在する美」というマラルメの魂を映したものだった。それは、希望なのか、確信があったのか、不在や無というものをが、心象へと「存在」として浮かび上がる存在を信じていたように思う。それはイメージや言語に囚われず、脈打つように。

祖父の時代背景を考えれば、貧しさと戦時中の中で過ごした中での強さだったように思う。安易に神や奇跡が困難の中で、不在ものが羽ばたくことが、それがどんな意味をするのか。かつて輝いていた白鳥が衰えていくとき、悲しい自覚であることが、詩の中で、何故力強く氷を割ったように錯覚したのか、その心象で生かされる強さを。

私は最近「平家物語」を見直していた。 琵琶法師が語り部である音での世界は、言語の意味は明確にしない。音で伝える世界は死者が死んだことを忘れて登場人物達は「視覚」の世界が広がっている。直截ばかりの今の時代で、この話が通じる人は少ないと思う。平家物語もまた、人の話を通して死者の魂と、自分の魂を癒す鎮魂である。自分の認識が限界であることを知らない人は弱い。今は分からなくても、後から分かるようになるという可能性を信じられる人は強い。マラルメの詩の「白鳥のソネ」は日本語にそのまま翻訳すると難解だったので、私自身の解釈に寄せている。マラルメは事情があって私は不案内でしたが、この機に急遽、翻訳した。マラルメを囲っている詩人や文学、哲学の道、様々な経験が生かされて今回は出来たのだと思う。翻訳した姿を見せたかった人が見ることはないが、それが生きている人に残された、死者の鎮魂になることを信じて。氷解するような告白と共に、流刑の地のように終でしかない居場所でも、白鳥座のように生が強く願い鎮魂となるということを。そして心のうちに

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* マラルメ論 著:サルトル

Magnifique:壮麗な、素敵等の意味であるが、不在との対比として、神に関する美しさとして黄金律を翻訳に当てる。

最も貧しい才能へ

君、たのむ、死んではならぬ。自ら称して、盲目的愛情。君が死ねば、君の空席が、いつまでも私の傍に在るだろう。
――太宰治「思案の敗北」

 海を渡る蝶は海面で休むが、水の重さで羽が重くなったら飛びはじめる。死と隣り合わせの小さき存在は消えてしまっても大海が蠢くだけだった。生きていた痕跡を知らせない死、波の香りに呑まれる、ガルシアマルケスが水死体の浮かぶ海を薔薇の香りに見立てた。潮の香りと薔薇の香りが融合する。夢の薔薇の香りは太陽が沈むと同時に闇と共に濃くなっていく、それが眠り、太陽の夢、

波の音だけを残して、残響が誘惑する。蝶の肢体を探しにいく人は誰もいない。

程よい、絶望にドビュッシーの海、

2018年はドビュッシーの没後100周年だったが、

結局、意識が指を動かすことがなかった。

過去に学んだ心理学上は生も死も研究対象で、心のしくみについての立証、検証、の繰り返しだった。心の正常が何かさえ研究段階、発表しては埋もれていく。生きることを肯定しているのが強いのはキリスト教だった。教理は教理として存在していて、神の愛は検証無く存在するという前提条件、それでも私の心は乾いていた。

愛に関して、人間の愛に関しては、心理の中では点数や状況で推測される。興味があるか、性的に見ているか、しかし、内包された愛とは信仰と同じように囚われない。この最高のものが神の愛ということは、移ろう人間の愛よりも定かだった。信じるも信じないも、その条件は意識の外に正解として存在する。神の愛に治療を頼むのか、人間の愛に治療を頼むのか、

私はどちらも信じることが出来なかった。

まず言葉が途切れ途切れにしか意識で構成できなくなった。それを隠しながら、書けなくなった事を黙っていた。その中で枯れきった愛を思い浮かべながら、嘘をつく。会議の途中で薬を飲み、ホテルに行くのも薬を飲んでから行っていた。割高の水の料金を払って、薬の抜け殻は探されない蝶のようだった。全ては腹の中、秘密は自分だけ蝕んでいく。2018年6月に震度6の地震があった。地鳴りがして、何が起きたのか分からなかった。死ぬのかもしれないと思ったが、当時付き合っていた人には電話しなかった。彼が冷めていたことを知っていて、冷たくされた場合、傷つくからだ。別れ話は早く済ませるべきだった。

人間の愛には醜悪も悪意も存在するが、愛は信じることも含まれていた。人間同士の愛は墜落し罪悪になるが、神の愛は人智を超えてくる。人間同士は我が身を守ることを考える。他者への愛より自分を選ぶ、それが人間だが、神はそうではない。自己犠牲は神に近く、理想はそれを目指すが桃源郷。人間同士の愛は、罪悪がある。心理学、哲学、神に囚われない考えは、この醜さもなければ、生きる活力にならないとする。私達は運命に育てられているのだから、それらを混合し、熱意のせいでのぼせながら、今日も人は尊い存在。

小さな絶望を繰り返すたびに、笑みが溢れて、限界に確信が近づく。死に向かうよりも蘇生法は苦しく、取り残された毎日は、波にかき消される日と待ち望む。

「天使達は天国でそれほど幸せでなかったと笑いに来る」

遺書の一部を読んだのも3年後の今日のことだった。本当は恨んでいるのに、恨んでないように書いて、文章が酷かった。言語が途切れ途切れで、もう書けない状態だったと理解出来る。切羽詰まっているだけのように思えるが、この日に限らず、長らく自分の意思すら伝えられないまま、書けなかったのだ。10月、まだ蒸し暑い、国際ミサの日だった。

何かを恐れて、何かに怯えて、憎悪が形相を超えては溢れかえっていた。

 血痕を掃除してもらい、猫のアダムが来た。だからあの子は天使だと思った。あの日の思浮かべた天使はもう居ない。この子は祝福に溢れていた。何故これだけアダムを愛しているのか、何故これだけ必要なのか、それを語ろうとすると、常にこの日に繋がっていく。人に虐げられた人間が成功すると、最低な日を暴露する光景はよく見かける。あの時、差別した人間を見返す、あの時、虐げられたことを乗り越えた、人は必ず最低の日と繋げるものなのだ。最高の日は最低の日と繋がる。だから最高を避けるようになる。

平穏は、最低の日を飼い慣らせるが、最高の日は最低の日によって押しつぶされる。

 今年のこの日は敢えて聖書の引用を選ばなかった。空席ができたら寂しいと言わんばかりの太宰治のこの言葉を選んだ。人の恋慕が神に近い言葉だと思った。恐らく、あの日はこれを聞きたかったのだろう。でもあの日は聞けなかった。

 最も愚かだった日から、私は何所へ向かっているのか分からない。誰に毎日感謝を言えばいいのか分からないほど、色んな人に助けられた。そしてこの朗読の声は、数年の私の失った世界に綺麗な声をくれた。辿ってみると、長い思案の旅だった。

最低の日が遠のくように、今はこの綺麗な声の傍で休息したい。この綺麗な声が生きる文章を書きたい。蝶は眠りから覚めた。また旅路の約束をして、何処かへ行こう。

私達、最も貧しい才能へ。

アダム

2016年 胸が痛いと救急車を呼んだ

2017年 常に安定剤と眩暈止め、色々な薬が手放せなくなった。

2018年 意識の中で言葉が途切れ途切れになっていった。

2021年 心臓と肝機能の薬で回復傾向(向精神薬の服用停止、ワソラン錠等の心臓の薬に変更)

「書けなくなった」そう遺書を残したのは太宰治だった。その言葉を意識したことはなかったけれども、知ってはいた。私は無意識の中でその言葉があったのだと思う。話が思いつかなかったわけではない、自分の言葉が消えてしまった時期があった。

あの日はそうなった。誰のせいでもなく、全てが書けなくなったからだった。

それは心の問題か、薬の副反応だったのか野暮な事は言わない。

重くならないように整理することに時間を要した。

回心をしてからも、人生の最高の日には、

あの日が戻ってくる。3年、長いようで早く済んだのかもしれない。

記事の整理も色々と、立て直したいと思っています。

朗読してくれる彼を始め、

皆さまの協力があったからです。ありがとうございました。

実は2018年のこと、もう乗り越えてます。

人間失格と太宰治

最後にまだ、あなたのうちに神を探し求める道がある。すなわち、かぎられているものどもの除去の道がある。というのは、芸術家が木の魂のなかに王の顔を求める場合、
その御顔のために全てを捨て去るからである。 

ニコラス・クザーヌス
De quaerendo Deum49

「はじめに」

日本において太宰治の「人間の格」を語るとなると良い印象を持たれない。2021年現在、小林秀雄、柳田国男等の昭和の知の巨人と呼ばれる人と並ぶと、地位は高いのか低いのか、それさえも彼は定まらない。「有名」という地位であることは確かである。恐らく海外の人から見れば「文豪」であるだろうし、日本でも「文豪」ではあるが、彼は嫌われることも多い。ただ、私が太宰治を好むのは、私が太宰治を好むのは、単に話が素晴らしいからという理由ではない。三島由紀夫や谷崎純一郎等の作家を語ると、読書家が煩い。例えば、谷崎潤一郎作品の関西弁を下手に朗読した途端、「けったいな関西弁で不快やわ」と言われてしまう。それに比べて太宰治ファンは太宰の死にざまのせいか、徳が高くなかったせいか太宰を多少ミスリードしても批判されることは少ない。これほど穴場の作家はないと私は思っている。太宰文庫は夏に売れると聞くが、今でもそのようだ。彼の口語調の文体に重々たる文豪に備わっている理知的なものは存在しないと言う人もいる。当たり前に存在しているものを感性豊かな文章で書いたことは、宗教的にも哲学的にも問題提起と成り得る。そして、彼の感性というのは、国語辞書にしか載っていない特別な言葉が飾られるような技巧ではなく、極めて日常的に使われる言葉の羅列が多いことも特徴である。

二人の女性から見た太宰

太宰と関わった女性や著名人は他にも大勢いるが特に私が思う接点が深かった二人を軽く紹介する。

山崎富栄

 「死ぬ気で恋愛してみないか」と太宰治に口説かれた心中相手。太宰は学生時代にも心中事件を起こしているが、

それとは別である。学生時代の心中事件の死んだ女性について太宰は「人間失格」以外にも「道化の華」や他の作品に何度も書かれてある。太宰の結核の看病に必死、愛情を独り占めするために必死にらなければならない、と彼女はナイチンゲールのように太宰の看病をし続けた。富栄は太宰が戦後の変わりゆく日本人に対して苦悩しているということを知り、女が大きなものに巻かれて生きることしかない事を盲目に受け入れていたことに自覚する。冨栄は戦時中に、家族に行き遅れを恐れられ結婚し、その夫がフィリピンのマニラで帰らぬ人となった。彼女は未亡人となった。「所帯くずし」という言葉が存在する日本、当時の彼女の孤独を癒せるものはいなかった。富栄と太宰の心中後に、父親は娘の孤独を理解してやればよかったと後悔を残している。彼女は契約結婚とはいえ純粋にマニラに行った夫を愛していた。太宰は世間とは違い、昭和22年、6月3日に脱稿した「フォスフォレッセンス」で架空の花、phosphorescence(燐光を発すること)を中心に冨栄への愛と、夫への招魂祭を描いている。戦死した夫への愛情を何処へやったら良かったのか、富栄の鬱屈した気持ちを世間は許さなかったが、太宰だけが許し、夫への愛情も受け入れてくれた。「人間失格」は太宰治の遺作であり、冨栄が太宰を看病する中執筆された半自伝と言われている。

遺族が娘、富栄の風評被害を止めたいと日記を出版。

津島 美知子

 太宰治の妻で、夫の繰り返す不貞と我儘の中耐え抜いた。心中相手の山崎富栄の描写する太宰とは一転、そこには夫失格、暴君の太宰治が書かれてあった。太宰が「駆け込み訴え」を蜘蛛が糸を吐くように読み上げるのを書き上げただけあって文章が聡明。太宰治の文章が感傷的なら、妻の津島美知子の文章は理知的である。太宰の執筆世界の「妻」は文章が美しくない、と女として落ちぶれている女が書かれているが、現実の奥さんの文章は女としても柔らかく美しいさながら、太宰という困った夫と世間を静観している。「女生徒」は実際の若い女性の愛読者の日記に拠っている。これは「斜陽」のモデルとなった太田静子の例もあり、妻の日記には太宰にはそういった依頼が多かったようだ。女生徒の「胸のところに、小さい白い薔薇の花を詩集して置いた」というのを太宰は「赤い刺繍」と書いていた。これを「白」と言ったのは妻だそうだ。カトリックに属している私としてはこの中で誰よりも妻である津島美知子の献身的であり、夫婦、家族としての要を一人で守り、富栄よりも妻の努力を肯定せざるを得ない。この価値を理解したのは私も最近である。それだけ、家族の意味を理解するのには時間がかかるのだ。個人的な感想になるが、愛は何が素晴らしいと決定づけられないが、辛さや耐え抜いた先にもあるものだなと思わせた。愛という言葉すら陳腐になってしまうほどのものがあった。

「人間失格と太宰治」(感想)

 主人公の葉蔵は幼少期から美少年だったが、幸福というものへの思索に帰結出来ず、疑問を持っていた。彼の内部を覆う外皮、人々は彼を「仕合せ」と判断する。その言葉は何処か表面的で主人公の心には響かない。そして彼を取り巻く世界が日本の優等生かの如く、彼のような悩みを持つ者が見当たらない。主人公は世間に対して、彼等を「夜はぐっすり眠り、朝は爽快なのかしら」と思いに耽る。そして、見落とされるほどの少ない描写であるが葉蔵は子供のころに、下人に「悪戯」(性行為)されている。彼は両親に被害を訴えようとは思ったが、人間の落ちぶれている様、本質を眺めることに快感を得ていた。「道化の華」や他の作品でもこの人間失格の内容は多々見られることから、太宰は「人間失格」を書くために作家になったと定評がある。日本語という「品性」によって書かれてあるが、出来事だけを並べると仏教でいえば「人間の業」そのものである。言葉(センス)が人の中に住む「獣」を隠している、その緊張がこの作品は「道化の華」と比べて秀逸である。

葉蔵は繊細で、人間の本質を眺めることに快感を得ていた。日陰の人間に優しさを与えて、彼女らが感謝することによって自分が善人になれたような気がして酔っていた。そんな葉蔵は他郷の学校へと通うことになる。実家が最もやりにくい場所(演じにくい場所)だと彼は言っている。「道化」として周囲と調和を取って心の中を悟られないようにする。そんな中鉄棒から落ちた葉蔵を、見学していた竹一に「ワザ ワザ」(わざと)と見抜かれてしまう。葉蔵は竹一を殺したいと思うものの、それは本心ではないと思い直す。むしろ殺されたいのは自分だと意識が揺らめいていた。葉蔵は竹一を取り込んで彼の家へと行く。竹一は耳を悪くしていたので、葉蔵は彼の耳を掃除してあげると偽善の計画を立てた。すると竹一は第一の預言を葉蔵にする。

「お前は、きっと、女に惚れられるよ」

それは愛されるよ、というものではなく「惚れられる」ということだった。それがどう違うのか、好かれるというより「かまわれる」という事が如何に甘美な誘惑で不幸を招くのか彼は既に知っていた。竹一の姉妹もまた葉蔵に惚れているようだった。しかし、この時はまだ序章に過ぎなかった。竹一との交流がきっかけで、葉蔵は絵を描いてみるが、絵を描いたときに道化の自分とは正反対な陰惨な絵が仕上がった。それを見て、彼はその絵こそ自分の正体だと知るのだった。それによって「お前は、偉い絵描きになるよ」と竹一から第二の予言をされる。第二の手記の終盤は、太宰の繰り返される過去でもある「情死」事件である。葉蔵はツネ子という女と鎌倉の海に飛び込んだ。女だけは死んで、葉蔵は自殺ほう助罪で連行され、起訴猶予となった。

第三の手記の始まりで、竹一は第一の予言は当てたが、第二の予言は当てなかったようだと始まる。ここまでの流れだと、ヘッセのアウグストゥスとも似ている。アウグストゥスもまた美形で皆が彼を愛した。それによって、アウグストゥスは人を愛することを覚えず、人に酷いことをするまでになった。母親の死をきっかけに、彼は与えられた魔力であった愛されることを手放したいと懇願した。それによって彼は誰にも愛されずに、今までの行いの償いとして刑務所へ入れられる。ヘッセはキリスト教学校を抜け出したと言っても、アウグストゥスはキリスト教圏の価値観が根付いている。それは「惚れられる」というものを神の恩寵とせず「魔術」としているからである。それは宗教的な異端の魔術ではなく、メルヒェンとしてのものである。しかし、魔術だからこそ彼は手放すことが出来た。そこから彼は誰からも愛されず、嫌われながら人を愛した。マタイの福音書の5章の「心貧しい者は幸いなる」を体現するのである。

ヘッセも太宰と同じく自殺未遂をしている。共通項として彼等は二人とも聖書は愛読していたことである。特に太宰治は不倫相手の太田静子に会いに行くときも聖書を持って歩いていた。妻の回想録でも夫、太宰治は聖書を持っていたことを残している。心中相手の山崎富栄もYWCAでキリスト教とフランス語を学んだ。師匠は小林秀雄の実の妹の「高見澤潤子」だった。彼女は聖書を太宰と語り合っている。人格の違いは当然だが、ヘッセと太宰治、この分岐点は日本人の嵯峨を背負っている、と私は思わずにいられない。それは大衆キリスト教が声を張り上げる「恋と愛の違い」とは違う。多くの人が恋と愛を区別をし、愛のほうが素晴らしいと思い込んでいる。本当はそうではない。

「愛」でも「恋」でも大差ないことであり芽が出て花となり実のなる過程でしかない。大切なのは、イエスの愛を理解しながら、「贖罪」することだ。それこそアウグストゥスのように、身を粉にしなければならないこともある。それが真のキリスト信徒と、無宗教の違いである。「人間失格」の葉蔵は隣人を理解出来ないままだったが、隣人の幸福が気になって仕方なかった。人間に対して興味が持てない男の求愛は「道化」となる。父母の前でも溶け込めない葉蔵は成長するにつれて、孤独の香りが魅惑となり、女性たちに嗅ぎ当てられる。そして、彼は女性たちの秘密を守る色魔となっていく。葉蔵はバア(酒場)で飲んでいる葉蔵を止める十七歳のヨシちゃんと結婚する。彼は漸く分別のある男になり、友人の堀木と「喜劇名詞」「悲劇名詞」と感覚で云い合って酔っていた。罪の対語は「蜜」だと言った後に、妻であるヨシちゃんが下の階で他の男と不貞をしている姿を見てしまう。

ヨシ子は、信頼の天才。そうまで思っていた女性から裏切られていても、友人である堀木は葉蔵の生い立ちを知っているせいか、

「ゆるしてやれ お前だって、どうせ、ろくな奴じゃないんだから」と言ったのである。

相手の男は葉蔵に漫画を描かせている商人だった。

 葉蔵は妻が他の男と情事を重ねる本を読み漁っては、妻の秘め事であった堀木に恨みを募らせ、彼は妻との向き合い方を失っていた。「無垢なる信頼心は罪なりや」とは、聖母マリア(処女性)のように純粋だと信じ切っていた男ヨセフへの問いでもあるだろう。それは第一の手記に書かれてあった「人間への不信は必ずしもすぐに宗教の道に通じているとは限らないと、自分には思われるのですけど」「人間は、お互いの不信の中で、エホバも何も念頭に置かず、平気で生きているではありませんか「しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例にすぎません。互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に何の傷もつかず、あざむきあっている事にさえ気がついていないみたいな、実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、人間の生活に充満しているように思われます」という聖書物語は現実と乖離することと繋がっている。

 聖書を愛読しておきながら、太宰が描く葉蔵は「隣人を愛せ」である隣人の幸福が気になって仕方ないだけでなく愛し方を漸く覚えたと思えば妻に裏切られる。言葉では妻を許すと言いながら、友人を恨み、恨んだかと思えば考えが飽和する。葉蔵はより年齢に反して見た目が老いていく。今年27歳になります。白髪がめっきり増えたので、たいていの人から四十以上に見られます」というのは、これは太宰自身が40代でありながら、実際に起こしてしまった心中事件で女性だけを死なせた事への想いが込められていると思う。(実際にあるウェルナー症候群とは別として、これは心理的に寄せた一行だと全体を通して判断する)

心とは、何かもっと核があるものとして当然のごとく常に自分のところに存在しているものだと思いたい。それなのに

一向に心というものが感情として力を見せるのは「運次第」なところがある。その上、全くその思考過程が分からないという人も存在する。心と自分が離れていくような浮遊感、これを病気とするのなら解離症というが太宰には双極性障害の他に解離症もあったと推測される。幼少期の大人からへの性的暴行が事実だとするのなら、それはPTSDの影響であったのではないか。解離症は幸い、病気でありながらフランスやドイツ哲学や文学として混ざってもいたので、うまく使えば白痴から免れるところがあった。「主観」「客観」「現象」「存在」「意識」ここに疑問を持ち始めることは学問でもあった。シェークスピアの「ハムレット」のオフィーリが狂いながらも、兄が「狂人にも教訓があるとでもいうようなものだ」と彼女の散文詩は何処か意味があるように思えてしまった。オフィーリアも狂いながらも「イエスキリスト」の名は外さなかった。

Well,  God yield you!  They say the owl was a baker’s daughter. Lord, we know  what we are, but know not what we may be. God be at your  table.

――ありがとう、God yield you!  フクロウは元々はパン屋の娘、イエスから罰で姿を変えられたの。でもわたくしは違うのよ、こんな姿になってしまったのは。ねぇ、王様。私達は先のことは分かることは出来ないのよ、God be at your table.

–Ophelia

A document in madness, thought and remenbrance fitted.
――侠気にも教訓があるというものか、物を思っても忘れるなとでも言うようだな――

–Laertes

ハムレットの悲劇も人殺しの「贖罪」をしなかったことにある。これは日本文学より明確である。但し、それでも物語によって人は宗教以外の「教訓」を得てしまう。人間を知るための鏡として、人間模様の再現の舞台のように。それが文学の誘惑でもある。G・バタイユは「文学と悪」を研究するほど、清廉潔白な生活と現代文学は相性が悪い。何故ならその「悪」「弱さ」を残すことによって時に人の精神を救うからである。人間は思惑だけでは意識にはなれない。誰かの言葉によって意識化するのである。知らない誰かの言葉が、自分を形成する。より人間を知ること、それを担う文学というものは錬金術のように自分が毒に侵されながらも抽出することさえある。想像だけで書いた「愛」は大衆の想像力に当てはめやすい。人々の共通認識がその話を理解できるからである。

しかし、個性的な拗れた人生を送った作家が書いた愛の話は共感を得にくい。人の想像力では追い付かないからである。それと、イエスの磔刑の全人類を許した「愛」とは何が違うのか、それこそ「聖と俗」である。作家は自分たちが「俗」であることを自覚しなければならない。ダンテの「神曲」は今だからこそ神聖な扱いであるが当時はダンテは国外追放されたのだ。無実の文豪を私は知らない。聖と切り離してしまうことも出来ない、そのもがき苦しむことが意味があるからである。

芸術的感性は「自由の刑」に処されている、私はそう思っていた。それが20世紀以降ではないだろうか。特にサルトルの自由の刑を知る前から、子供ながらに「自由、自由、と言いながら、目に見えない世間に感謝しなければならない拷問だ」と思っていた。自分にとって神も「世間」も目に見えないものと同列だった。音感や色感、それが他人より敏感なこと、言葉で意識を噛み砕くのが他の人よりも繊細であること、それらは自由と言われながら、そうではない。その抱えた感情をどうしたらいいのか、誰も教えることは出来ない。どうしたらいいのか、藻掻いて探す他なかった。プラトンのイデアという「美」という理想があるとすれば、対義語は「現象」であるだろう。そしてもっと現象は哲学言語や芸術感性にとって美しい皮を被ることがあるが、無自覚に「人間失格」で有名な「それは世間が許さない」の「世間」にもなる。「世間というのは、君じゃないか」太宰は、見事に文学として宗教や哲学用語に依拠せずに適格な言葉を残したように思う。それだけで私は太宰に脱帽している。

 更に、「世間が許さないのではなく貴方」と世間という他人を装う名もなき人を彼はしっかりと掴んだ。それは「貴方」なんだと、世間という大きなものの影にかくれる卑怯な人格を彼は掴んだ。世間から削り取られていく自我と、当時の訳ありの女性たちは似ていたのかもしれない。女性は特に若ければ独身、次に家庭の中にいなければ人権が無いようなものだった。未亡人となれば、結婚を手段としてまた儀式的な再婚が待っている。川端康成を始め、彼を酷評する専門家は大勢いたが、彼を肯定してくれる女性たちによって、彼は生き始める。「人間失格」の葉蔵はその一人だろう。

存在を定義つけるものは、頭の中だけなのか。それとも「世間」か戸籍か、全ての理知的な哲学、神学を一蹴するものは何か、エロスとタナトスが抱擁した時である。エゴン・シーレの「死と乙女」にはエロスに生きようという衝動と安定的に生きたいというシーレの卑怯な人間性が死神に現れている。これも一つのシーレの「人間失格」だろう。遠目で見ていると、抱擁によって一蓮托生のようにも見えてしまう。けれども細部を見てみると、女はしっかりと死神を抱いているが、死神は女性の肩に手をかけている。この遠目では気づけない力加減は「人間失格」である。シーレの美は、宗教絵画のような美ではない。人間にとって神の光も目に見えないが、醜さも同等に隠すからである。人はどちらも見つけるとその存在に恍惚になる。だから神の光と人間模様は常に聖と俗を切り離せずに人々の芸術となってきた。

エゴン・シーレ「死と乙女」

シーレが十代をモデルにして逮捕され、教会との対立があった。私が十代の頃には自分自身がモデルになって好きに描けた。自画像は顔だけとは限らない。早くうまくなるには自分をモデルにすることだと教えてもらったので、私は自分の裸体を描き続けた。昔の人にとっての斬新さは現代において無意味になっていた。当時の自分にとって未経験なのは「愛」だけだった。中世の画家が人間の解剖をして人間を知ろうとしたことを、崇拝するような教えが多く、それが退屈で仕方なかった。文明と進化、それで私達は有難いと思うらしい。それは葉蔵の「空腹がわからない」というのと当時は重ねていた。若い頃に読む文学というのは体験と経験が足りているわけでもないので、想像によって、もしくは脳が錯覚して類似点で認識していく。それが他人から見れば、「全く違う」と言われることになっても、そうやって物事を認知していく他なかった。何故当たり前の「空腹」で人は言葉にするのか?というのと、当たり前に裸体ぐらい見れるのに、エロスをがキリスト教から離れたことについて斬新なアイディアのように現代美術は言うのか、それをよく重ねていた。いつしか、裸体、骨格を私の指先は覚えたようで、様々な想像上の人物を描いた。成人ヌードはいつでも手に入る。風俗に行けば、女でも陰部を簡単に見せてくれる。絵を描き始めたきっかけは、子供のころに色彩感覚が褒められたからだった。他の理由は忘我したように時間が過ぎて、自分の指で何かを成し遂げる、自分の小世界を作ることは楽しかった。ただ起きて、似たような毎日を過ごす中で、哲学的なことや、神を考えること、それを「表現」することによって何処かで世界の真理と繋がることがあるのか、それを夢見ながら書き続けた。プラトンの「イデア」のようにいつも何かを見つけられることを探していた。それは美しいものなのか、結局のところ探したいのは「自分」でもあった。否、今の自分を認められない自分が、新たな自分を作ろうとしていた、それが一番強いのだろう。しかし幼いというのは過去に何かあるのか、というほど過去が揃っていない。過去の温存がまだ中途半端だからだ。だから、未来への自分、新しい自分を作れることを期待する。それが私の若さだった。作品賞の批評で大人がバカにしたように「自分探しの作品は稚拙そのものだ」とよく言っていた。恐らく何点もの作品に見せられる「自我への問い」に飽き飽きしていたのだろう。そういう人は太宰治も決まって嫌い、太宰の批判をする。太宰は絵描きではなかったが、こういう場でも例として出てきてしまう。しかも悪い例として出てきてしまう、それほどの存在だということは凄いことかもしれない。

けれどもそういう人に限ってエゴン・シーレは褒める。教会との対立が日本人にとっては自我を貫いているように見えるようで、尊敬しているそうだ。話を聞きながら似てるようなものなのに、と私は心の中で笑った。私はこの当時、「人間失格」の内容の趣旨は分からなかったが、睡眠薬のカルモチンと下剤のヘノモチンを間違えて笑う心境を独自に重ねていた。きっとこの人は二人ともよく知らなくて、大恥をかくことも知らずに取り違えているのだと。私はこの時はこれが「喜劇名詞」なのかどうかまで分からなかった。喜劇とは滑稽な人間の様を笑う、本来は人間の哀しみである。この語りは所謂、私の思い出話で経験が違う人は「それは違う」という人も出てきたとしても、突き切る感情があること、自分の経験を書き尽くすこと、それが創造性にとって重要だということは確かだろう。カルモチンーヘノモチン、真面目な人はカタカナを読み間違えるほど主人公の病気が悪化したと思う。少し感性的に答えるのなら、下剤は食べたものの結末を速めるだけだと答える。結果としてくることを安易に早めてしまうことは良いこととは限らない。それは、冒頭の空腹というものが分からないという話とつなげることが出来る。食と下剤、肉体としては「空腹」状態である。身体はそうなったが、主人公は時間の無常に目を向けている。どうせ訪れる運命を速めることがどんな苦しみを持つのか、例えば「死期」もそうだ。舞台を司る神は、それすらも計画だとする。一切過ぎていく月日の出来事が、作者が経験を何度も噛み砕いて虚構となって、後に外せない必要な柱の一本になってしまったのはいつなのか?

それこそ舞台芸術の問いになりそうだが、彼には津島修二という本名があるが、その本名としての人格が殆ど残っていない。妻ですらも主人を「太宰」という名前で回想録に残していた。

私のように信仰がある者にとっては、虚構世界の中は守られていると思う。太宰である津島修二は家族や妻にとって、そしてイエス・キリストを裏切っている。彼が書いた「駆け込み訴え」のように、イエスを愛しながら裏切っていた。但し、彼等の行いは洗礼を受けてはいないので裏切っているとまで言えるかどうか定かではないが、殺人に近いので戒律は既に犯している。しかし太宰の分身、葉蔵は永遠に咎められることがない。「芸術家とは孤独」とは、アマチュア芸術家にとって甘美な言葉で、破天荒な行いで孤独になる、孤高な存在で孤独になると思い込んでいたようだが、ここで私の裸体の話に繋がる。本当の孤独とは神を裏切ることである。それでも書かなければならないという衝動が、悪魔的なのか啓示なのか不明なことが痛みである。

本来の教会法に基づいた「赦し」であるのなら、信徒は「罪の告白」によって孤立を防ぐ。けれども、虚構世界と繋がってしまった罪は「罪の告白」をすることが出来ない。許されてしまった後、どんな作品になってしまうのか怖いからだ。今にも罪を打ち明けたいと思っていたとしても、この混乱が、葛藤が執筆を勧めるのなら、神父には語れない。文学には「毒」が必要だからである。役者にも、役に入らず台詞だけで仕事をこなせる役者と、役に感情移入して成り済まして演じる役者もいる。太宰は、一番精神を混乱しかねない後者だったように思う。文学としての評価はこの作品の場合は、葉蔵は作者「太宰治」の人生の入り口を開けてしまっている。だから、他の作家の作品は作品と作者を切り離すことに成功できても、彼の場合は出来ないのである。

作中にあったように、そして彼等の人生を通してあるように、幾ら聖書を読んで感動したところで、イエスキリストと無関係で私達は生きていると思うほど、日本の生活はキリスト教とは離れている。妄信以外は皆、同じ体感だろう。それは「愛」のみでしか考えないからだ。愛に痛みが伴うこと、信徒の義務として「贖罪」と「許し」がある。これらを通して私達はイエスと繋がっていく。贖罪と許しから逃げ続けた恋慕、この業という業を自覚し、ここまで鮮明に残せたことは私は評価している。だから、私は太宰治の本は本棚に残している。キリスト教徒としてそれは自分は清廉潔白だと区別していまうこと、これが一番の妄信だと思うからだ。

 言葉で多様性は表現出来ない。それなのに理解されるか不確かな感情を書くことは報われないことが多い。大半は人の共通認識に合わせて言葉を選ばなければならない。彼等のように刹那に生きること、彼は世間の道化であり、彼の隠れなかった闇は人の精神に触れてくる。彼の作品の言葉は単純な愛の言葉のようで、芯が無いように見られるが、その単純な言葉を熱を込めて言ってくれること、ロマンは生きる上で重要な力になることを惜しみなく書いている。

「人間、失格」

もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。

この剪定されて落ちた枝のような言葉を私は何度も繰り返し読んだ。年齢ごとや気分によって感想は変わっていたが、「世間」から切り離された枝、その哀しみにイエスはいる。神は農夫でイエスは葡萄の木という話がある。(ヨハネの福音書15章)剪定とは、要らない存在を斬ることではなく、幹であるイエスも悲しんでいるという意味であり、「命の繋がり」を表している。剪定した後の木は樹液を出す。それをイエスの涙と例えられる。

剪定された枝の一つのように、時が過ぎ去るのを傍観する。それがこの作中の主人公であり、文学者の肉声だろう。私はこの孤立が遠い存在のように思えなかった。長らく私はキリスト教圏の文学は神と共に残っているが、日本文学は死と一緒に残すものだと信じていた。それほど過去の日本文豪はタナトスが多い。肉体の死と他に、精神の瀕死が存在すると昔から疑わなかったのと、それを何故か捨てたいとは思わなかった。この死の美学が分からない国の人になりたくない、とすら思っていた。タナトスとは幸福や不幸とまた別の美学であって、それによって生きたいのである。時々、取り込まれながら、抜け出しながら、再起を賭けたり絶望したりを繰り返して、「生」を感じていたいのである。

剪定された枝は無抵抗で無常を見つめること、「人間失格」は「世間」というものについて、嘘は書かなかった。彼の言葉には偽善がないのである。学生時代に鎌倉の海で死なせてしまった心中相手の女性について書き続けた彼は、何度も自分の罪とは向き合っていたように思う。一人の自殺未遂と、愛した人を巻き込んだ自殺はまた違う。

 法律では償えなった罪、大半の人間は罪の自覚の仕方すら知らないように思う。太宰もまたそのように苦しんでいたように感じ取れる。一生、償えない苦しみを自覚したら背負うことは恐ろしいだろう。イエスを裏切ったユダが自殺をしたのを思い出してほしい。イエスキリストが十字架を背負った事が如何に重要だったのかが分かる。

 人の不完全さを見つめる力がなければ宗教も文学も成り立たないのは同じである。自覚によってイエスと繋がることは「贖罪」と「赦し」であるが、常に意識していないところに神がいるのも真意である。太宰と女性の与えられた生涯に、自死という選択があったことに、神も泣いているということを忘れてはならない。この世界、神(愛)が泣かないとするのなら、第三者の死を愛をもって誰が泣くのだろうか。

太宰治の「人間失格」は特に読みながら自分を見てしまう。太宰作品でなくても話を読むというのは、皆、自分を見つめている。大半の読者は自分の死生観、恋愛観を見てしまうので、容易に葉蔵に辿り着かない。下人に悪戯された、妻が不倫された等を直接的に書いていないがために短編でありながらミスリードが多い作品だと思う。

 最後の葉蔵が「廃人」になったことについて、それは目に見えないものを追いかけた者の末路なのかもしれない。聖なる自分と、罪深い自分は常に共存する。罪深さが深い森へと案内とし、クザーヌス神学のように神が映る木を探す。そのために全てを捨て去るというのは、言葉だけではどうにもならない。私は道徳的に立派だった小説家を傍に置かない。私が選ぶのは「世間」から剪定された枝のような存在ばかりだ。特に最近はそうしている傍に置く。聖書と弱いもの、その相対性を持つことはキリスト者にとって、それは「手鏡」ではないだろうか。

愛や死に抱く想いは、上昇と下降を繰り返す。単純な言い回しの裏で、あの頃よりも音と思惑が深く響きながら何処かへ届くように、希っている。

(この記事は2021年の加筆版です)

再起:悪い状態から立ち直ること

ヨハネの福音書15章(1~12)

わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
 わたしにつながっている枝で実を結ばないものは、父がすべてこれをとりのぞき、実を結ぶものは、もっと豊かに実らせるために、手入れしてこれをきれいになさるのである。
あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。 わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。 人がわたしにつながっていないならば、枝のように外に投げすてられて枯れる。人々はそれをかき集め、火に投げ入れて、焼いてしまうのである。 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。 もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。 わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。

ヨブ記

Léon Joseph Florentin Bonnat”Job”
ヨブ記38章41節
誰がカラスのために餌を置いてやるのか
その雛が神に向かって鳴き、
食べ物を求めて迷い出るとき

聖書は旧約と新約と分かれているが、それぞれ各章によって役割が違う。

歴史書、知恵文学と預言書、黙示文学、新約は福音書、伝道書(等)と様々分かれているが、

宗教に疎い哲学者等が、知恵文学を預言と勘違いしたり、福音書を黙示録と勘違いしたりしていて、預言でない話から陰謀説を語りだすので、それは割と厄介だなと思う。

ヨブは旧約聖書の「知恵文学」であり、「神は与えることもするが奪うこともある」というのが大テーマとして展開される。これは「コレヘトの言葉」とセットで考えることが多く、ヨブ記は神から与えられる苦しみ、コレヘトは裕福が故に虚無感と死に向き合う章になっている。知恵文学とは、日常生活の平凡な苦しみから、神を畏れ敬うという高尚で神秘的な感情まで、さまざまな段階の知恵を残している。これらは人間の罪や過ちまで作られた生活の中で、人々が苦悩から逃れ、自らを高めるためにある。

神への畏怖を問答と共に知恵として身に着けようとするのがヨブ記の狙いである。

この話は比較的に日本人にも「文学的」に好まれている章である。

ヨブは義人として正しい人間だった。神も悪魔に自慢するほどヨブを『愛していた』。

悪魔は既にヨブに干渉をしていたが、ヨブは決して悪に染まらなかった。神はそれを誇りだと思っていて、悪魔にヨブに何をやったって無駄だと言った。それでも悪魔は、「まだ、皮を剥いだに過ぎず、命のために全財産を差し出したに過ぎない、もっと骨と肉に近づけば、ヨブは神を呪うだろうと」言い出した。神は、ヨブの命を奪わない条件で、再び悪魔を放した。

 悪魔によって、ヨブは多くのものを沢山失うことになる。子どもや家畜、使用人、そして皮膚病までかからせた。最初に根をあげたのは妻だった。「どこまでも無垢でいるのですか、神を呪って、死ぬほうがましでしょう」と、しかしヨブはまだ真面目で「神から幸福を頂いたのだから、不幸も頂こうではないか」と悪魔の誘惑に勝った。

しかし、ヨブの友人3人(哲学者)が慰めにくるが彼等との問答でヨブが次第に神への恨みを語るようになる。友人が「きっとお前は何かしたんだ」と言うがヨブは「自分は何もしていない」と漸く弱音を吐いた。友人は「神に謝罪をして和解しろ」と言い出すが、

ヨブは頑なに謝罪をすることはないと言った。それから三人がヨブを責める問いかけが増えていくのである。最後のエリフ(哲学者)とヨブの論争の後に神がついに言葉が降りてくるのである。

「これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて神に経綸を暗くするとは」

神はヨブだけに対話をし、世界の何処までを知っているのかを問いかける。

ヨブは深淵や世の中の成り立ち、全てを知らないと、全知全能の

神の存在を再度受け入れ、議論になった3人のために祈った。

そしてヨブは神の祝福を受けて以前よりも報酬を得たのである。

ヨブ記を含めて聖書は「内的独白」が少ない。よって、登場人物の直接的な心理や事実が見えないところが多い。だからこそ長い歴史の中で様々な人が共感性や事実を探り続けられる。ヨブ記も創世記同様に、直接物語言説手法によって書かれている。主(神)の他の語り手が、ヨブや主の内面を見せる。(inside view) 散文と韻文によって書かれてあり、散文によってヨブは神への信仰に悟りを開いているが、韻文によって神への不当を訴えている。

 ヨブは何故そこまで神に愛されていたのか、それは神の「内的独白」が存在していないので「義人」だったという以外の事実は分からない。更に、何故神は悪魔を放ったのかも分からない。人間は誰しもが苦悩を罰と捉えて納得してしまうことがある。ヨブを取り囲んだ友人達の問答にヨブは納得することなく、「苦悩の事実」を追及し続けている。

現実問題、神や運命と議論になるのは、所詮は人間同士のもので

「誰が本当の神の声を聞いたのか?」となる。

確かに生きている間は、現実的に人は人間同士でしか会話出来ない。太宰治の「人間失格」の、「それは世間が、ゆるさない」と友人の堀木から責められるときに

主人公が「世間というのは、君じゃないか」というのを言えずに引っ込める有名なシーンを

彷彿させる。

(それは世間が、ゆるさない)

(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)

(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)

(世間じゃない。あなたでしょう?)

(いまに世間から葬られる)

(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

この構図はヨブと友人らの対話の構図と似ている。

現実世界は真理の声を直接的に聞くことは殆ど不可能である。その中で、ヨブのみが話の中で神との対話を可能にさせた。旧約聖書の神はアダムやヨブやヨセフのように直接的に対話するか、夢のお告げがあるが、新約聖書のイエスの誕生以降は神は沈黙されている。

その追及はクリスチャンにとっては、生きている間ずっと祈りによって行われている。

各々の答えを持ったまま、最後は死ぬために。死後は生前の祈りと一致するのだろうか、

その思惟は神秘である。苦悩の追及の果ては神の愛である。それは間違えはない。

旧約聖書は神から人間に対話をする、それは下界から上空への信仰であった。

新約聖書はイエスを神が降ろされた。イエスは自分の足で人々の元へと歩いて行った。

それこそ、人智超えた存在が、下界の厚い壁を突き破って神秘が降りたのである。

聖書は何度も読めば理屈よりも先に共感や閃きがある。それは確かだった。

己の内在を超えて、世間の常識を超えて、神はそこに在られる。そこに神の愛があると、

到達できる日はいつであろう。神の愛を手にしていると無理に思うこともない。

神の愛は恩寵のみでなく、人も救うことが出来る。行き届かないものはただの「経済」「政治」である。

神の愛が伴わない経済や政治は崩壊を意味する。

神の愛を待ち望むのも良いのではないか。苦悩と共にするのは人の声だけである必要はないだろう。

ヨブのように。

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