About perfume

  多くの香水を試してきた。シャネルの5番より好きな香りがあったが、劣化が早かったり欠点が見つかった。一番酷いのは色素の変色で見た目が美しくなくなるものだった。シャネルの5番は香料の香りを失ってもシンプルな瓶に黄金色が輝き続けるのも、もしかしたら長く生き続けた魅力の一つなのかもしれない。

香水は時代を象徴する。よって時代が過ぎ去れば古臭い香りになる。例えば、彼の母親がつけていた香水、もっと言えば御婆ちゃんがつけていた香水、そんなものを若い女性は付けたいとは思わない。流行りの服や女性像と共に香水のノートも変化していく。シャネルの5番はそのような中、生き残っていった。

シャネルの5番の調香師はエルネスト・ボーで、ロシア人だ。彼の生まれ育った頃に流行った香水は花の香りそのものだった。シャネルの5番に欠かせないアルデヒドは、香料の調和に欠かせない。アルデヒドの配合についてボーは生涯明かすことがなかった。5番の原型となったものは、帝政ロシア時代に実在したラレ社に販売したラレNo1だという論文が残っている。この時、まだアルデヒドはそんなに多くは含まれていなかったのと、この論文には疑問点が多く存在し、人々の記憶違いや伝聞に惑わされている。

フランスのグラースにある調香師養成学校では、シャネルの5番の再現を課題として出される。シャネルNo5に含まれる香料は80以上存在する。ジャスミン、イランイラン、バニラ、ローズ、ムスク、クマリン等、それを自力で再現するということは強いグランドマスター(チェス)との対戦のようだ。感性と体感、そして知識が重要であるが、一筋の光、運でもある。

恐らく、ヴィトンやディオールで活躍する有名な調香師も幼少期からグラース育ちなので、この課題をパスしているのだろう。特にヴィトンの調香師、ジャック・キャヴァリエはシャネルを超える香りを何本も出している。超えるといえば語弊があるが、21世紀の衰退していく芸術世界の中で凡庸な人達に媚びない香りを生み出している。そんな彼でも劣化後の美しさまでは辿り着いていない。但し昨今の芸術家の中では完璧なので私は評価を下げないが、何世紀も渡るとしたら難しい香水になるとは思っている。今の時代専用という意向だとするのなら、完璧だろう。

香料の種類は天然香料、合成香料、調合香料の三種類である。天然香料は200種類以上存在し、その中に動物のものもある。No5に含まれるムスクは、ワシントン条約により、

合成となっている。80年代のNo5を知っている人は香りの変化に気づいている。そして

確か、数年前にシャネルの5番に有害物質が見つかって、改良されたと聞いたが、

その記事が見当たらなかった。そのことを思い出したのは、再度、5番を購入したからである。一時期ヴィトンやディオールの香水を愛用していたが、ふとしたきっかけで戻ってきた。すると、香りが以前と変わっているような気がした。見た目からは想像できない可愛らしいピンクのバラ、「Rose de mai 」は薔薇の香りにの中で強香であり、全ての薔薇のイメージをかき集めたようにシャネル5番は演出している。しかし、最近の5番の香りはそれがよりパウダー化し、濃度が薄い気がした。記憶違いなのなら申し訳ないのだが、情勢の影響で配合が変化することは仕方がないのかもしれない。

香りは音以上に儚い。香りは長期保存が効かず音のように収録する術がない。記憶と記録次第で、記録を再現したところで、調香師の感性次第で違う香りにもなる。時代によって香料の変化をやむを得ないこともある。香りだけは記録に残せるのは、自身の記憶になる。そして思ったよりも共有できるものでもない。多くの人が愛用していようが、友人が愛用しているとは限らない。

それに、香水は人肌によって香りを変えるので、例え友人がお揃いを愛用していたとしても、記憶の整合が難しいものである。恐らく、季節の香りのほうが何度も想起しやすいものだと思う。ただ、香水の魅力は劣化-死が非常に軽やかなところである。画家で言えば、一枚の高価な絵が消えてしまうようなものなのに、香水は調香師の労力も含めて高価とは言っても一般人が買える値段で、消えてゆく運命を受け入れている。チェーホフが「簡潔は才能の妹」と言ったように、香水とは人間が通る道、執着するものを、小瓶にて簡潔化させている。

ひと吹きした瞬間に、肌に馴染んでいく。この瞬間は二度とは返ってこない。香りは自分の想定以上に孤独で、他者に影響を知らないうちに与えてくる。私が来たら分かると振り返った恋人や、私が帰ったら香りだけ残るといった死んだ友人、クローゼットを開けたら良い香りがして幸せになったら、クリスさんのコートでしたと言った美容師さん、

それぞれ、香りが私達の記憶を濃くさせてくれている。私達もいつかは消えゆく存在なのに、そしてこの些細な瞬間は記録されないものなのに。既に死者も現れていて、記憶の記銘は零れおちていく。

香りは、その儚さに嘘がなくて好きだ。

ヴィトンの香水

調香師 ジャック・キャヴァリエ 

アトラップレーヴが一番お気に入り。ピオニーは香料として取れないので調香師の創作となる。恐らくアトラップレークがくどさが無く、大人びているがピオニーの可愛らしい印象が表れている。

参考書籍

コメントは受け付けていません。

WordPress.com でブログを始める.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。