カイエについて(1)

シモーヌ・ヴェイユ カイエⅡ
「キリストに対して忠実であるのは困難なことであった。それは真空状態に対して忠実であることだった。ナポレオンに対してなら、死に至るまで忠実であることも、ずっと容易なのだ。まだ、のちの殉教者たちにとっても、忠実であることは容易であった。なぜなら、すでに教会という一つの力、地上での成就の約束をともなう一つの力が存在していたからである。人は強いもののためになら死ねるが、弱いもののためには死なない。今は一時期的に弱くても、力の後光をいただいているもののために死ぬにすぎない。
「まことにあなたは隠られておられる神である」そして同時に、「かれらは、神を明らかに示している世界によって、神を知ることが出来た。」世界は神を明らかに示し、また神を隠す。
 第二作のイコノグラフは教会の良いところ、キリスト教の良いところを手探りで探って書き上げたが、第三作目によってカトリックから距離を置いている。イエスはイデアのようにアイディアの宝庫であるが、キリスト教という組織自体は、どうも哲学や文学にとっては同じ軌道を回っている存在だが、相性が悪いようだ。ヴェイユも同じ気持ちだっただろうなと少し思う。
真空とは空気もなにもない状態のこと、彼女は造語かのようにこの真空についてよく語っている。彼女の言っている真空とは何か、それは彼女の語りに耳を澄ますしか方法がない。
今回の場合、何もない空間に忠実であるべきだったと記されている。見返りも求めず、愛も求めず、何もない場所への忠実=キリストに対しての忠実としている。
それが人は出来ない。少なくともナポレオンのように多少の即物的な対価を
下さる現時点で生きている人を選ぶのが世の常である。
*****
第三作発売しました。5日間で320部達成しましたが、友人の話から
アップル製品等、macから購入する人、ipad、iphone
から購入する人が苦戦しているようです。

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なぜ世界は存在しないのか(2)

メラニー・ロラン(イメージ画像)

「なぜ世界は存在しないのか2」マルクス・ガブリエル著

「なぜ世界は存在しないのか1」→http://chriskyogetu.blogspot.com/2019/01/blog-post_12.html

「今日は哲学を新たに考える」と、1章の「これはそもそも何なのか、この世界とは」の
忘備録です。


「今日は哲学を新たに考える」

まず著者は、ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインの「およそ語りうることは、明晰に語ることが出来る」という理念を共有しています。これにより、触れない未知の宇宙のようなものまで考えを広げることになります。そして哲学の基本中の基本の「問いをやめないこと」を強く勧めています。

◎「これはそもそも何なのか、この世界とは」

我々は乾杯して、グラスをあおった。

「じゃぁ 地球はどこにある?」
「宇宙にです」
「宇宙はどこだ?」
僕は一瞬考えこんだ。

「宇宙は宇宙にあるんですよ」
「その宇宙がある宇宙は何処にある?」
「僕の意識にです」
「どういうことだ、ピョートル。それじゃお前の意識は、お前の意識にあるってことになるぞ」
「まぁ そうなりますね」
「なるほど」
チャパーエフは口ひげをしごいた。
「じゃぁ、大事なことを訊くぞ。つまり、それはいったいどこにある?」
「ご質問がよくわかりません、ワシーリィ・イワーノヴィチ。場所の概念は意識のカテゴリーの一つなわけですから」

「どこなんだ、それは。その場所の概念はいったいどこにある?」
「じゃぁ、こう言いましょう。それは場所だとかそういうものじゃないんです。
言うなればそれは、現……」

僕は口籠った。そうだ、これこそ彼が言わせようとしている言葉にちがいない。もし僕が「現実」という言葉を使ったら、彼はまたすべてを概念に帰するつもりなのだ。そしてそれはどこにあるかと訊く。すると僕は頭の中にあると答える……。ひっかけだ。

このような対話を通じて、ピョートルは、世界など存在しないという目眩のするとうな考えを理解するように至ります。

この小説のタイトルは「チャパーエフと空虚」です。本著の34ページに記されています。
デカルト的で下手をするとニヒリズムに陥ります。「僕」というのはしっかりと意見を持っているが(コギトエルゴスム)、問いかける人間が概念に引きずり込もうとしている、という構造ですね。

これらを総称し、著者マルクス・ガブリエルはこうまとめています。

1宇宙は物理学の対象領域である
2対象領域は数多く存在している。
3宇宙は、数多くある対象領域のひとつにすぎず、したがって存在論的な限定領域に他ならない。

4多くの対象領域は、話の領域全体でもある。さらにいくつかの対象領域は、話の領域でしかない。
5世界は、対象ないし物の総体でもなければ、事実の総体でもない。世界とはすべての領域の領域にほかならない。

次回は他の話題を挟んで第二章のまとめを忘備録がてらに書きだすことにします。
 司祭は人を愛することが難しい
イコノグラフを想って
「類稀なる誠実な病」
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なぜ世界は存在しないのか(1)

「世界」と一言で言っても多義的な意味がある。宇宙のようにだだっ広い感覚で構築されたものや、心ある生き物達が制約制限を受ける枠のことを言うこともある。哲学に至っては、社会的精神的事象も含める。それらが存在してないということはどういう意味なのか、それはこの本を読んでみることをお勧めするので教えないが、一通りまずポストモダンとは? カント、ヘーゲル、ウィトゲンシュタイン、ハイデガー、キリスト教の簡単な歴史、自然主義をおさえてないと何が否定されているのか、何を例えに出されているのか、この人は何を再構築したいのか、意図が全く読めないかもしれない。特に重要なのはウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の冒頭の「世界は事の総体であって物の総体ではない」という定義と、ハイデガーのいうすべての領域の領域としての世界は無限に存在する。つまり特権的な「世界」は存在しない、ということ、ヘーゲルがカントの何を否定したのか?ということ、この三点が特に重要となる。

実は私は著名人運だけはいいのかわからないが、友人がボン大学出身で彼のコンタクト先を教えてくれたし、いつでも連絡していいようにしてくれた。(英語かドイツ語のみ) しかし彼に声を何んてかけられるのかすら分からない状況である。世界のベストセラーであるがベストセラーの中でまともなのは珍しい。

(2)以降の更新は熟読後ということになるのでだいぶ先になると思います。

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保護中: 復活?

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死者の書(折口信夫)について①

   幸せな人が
口にする言葉は
かりそめのひとふし
寡黙のひとの
感じとっているのは
こよなく美しい旋律。

エミリー・ディキンソン

こよなく美しい旋律を紡ぐというのは
狭き門のような気がしてならない。
マタイによる福音書の「狭い門からはいれ。滅びに
いたる門は大きく、その道は広い。そしてそこから入って
行くものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。
そして、それを見出す者が少ない」
(マタイ7章13~14)

とあるように。

去年の大晦日は
ジゼルというバレエをロイヤルバレエと
ミラノ・スカラ座を立て続けに見ていた。

ジゼルとは、貴族の男は
婚約者がいながらも村娘のジゼルと恋仲になってしまうが、
結局は、婚約者である女性に手にキスをしてしまう。

意図せずとも、ジゼルを裏切るような形になって、
ジゼルは狂乱して心臓発作で死んでしまうという。

そんな話を立て続けに
2019年までのカウントダウン直前まで見ていた。
しかしジゼルは裏切った彼を許してウィリーの女王に
殺さないでくれと懇願する。

昨年に司祭に裏切られたせいか、妙に共感して涙まで出た。

許す気持ちと、彼を書きたいという気持ちは別ものだ。
それは、死者の書の郎女(いらつめ)のように憧れの気持ちでキリスト教
(仏教)に入った執心から、
現実を知り悟りを開いていくまでの道のりは、私にとっては
重要な生きた証である。そして彼女は蓮の茎で作られた
糸で曼荼羅を作って命を絞るところは、

狭き門を通りたいという、クリスチャンの性であるようだと
最近は思う。善悪の計り知れない深淵から、
美しい旋律を見つけたいのだ。

休んでるように自撮り三昧だった間、

折口信夫の死者の書と
マルクス・ガブリエルの
なぜ世界は存在しないのか、
を勉強していた。

他に勉強したのは

使徒言行録、オーソドックスとカトリック
ミサという意味、そしてトラウマに立ち向かうべく
司祭という仕事とは何なのかという本を読んだ。

司祭に裏切られて、オーバードースを起こして
自殺未遂をした10月。

私の作品に対する経験は充分だろうか、それともまだ体験が必要だろうか、
それは分からないが、今のように学問に勤しむということは、
死者の書で郎女が仏教の『称賛浄土摂仏教受教』を
一心不乱に写経した気持ちに重なる。ついでに、
私の作家の在り方も彼女に共感するものがある。

執心から悟り、その執心の中には異端と含まれるものが
あるかもしれない。けれども恐れることは私はしない。
私の心の中の天国が定かになりつつあるからだ。

私は恐らく、執心から悟りへと変化しつつあるような気がして
ならない。

憧れから入ったキリスト教、正直、嫌な事のほうが多かった。
病気だって正直言って悪化した。十字架が重くなっていく
という表現が正しいだろうか? とりあえず私は不幸を背負って
寡黙を手に入れ死の淵から心の中の天国というのを見出しつつ
ある。

洗礼を受けた直後の幸福だった記憶は薄れていく。
世界なんて存在しないという哲学は正しいと言えるだろう。
極めて20世紀以降らしい。でもだからこそ
心の中の天国は必要なのだ。それは人間に魂があり続ける限り、
必要とされる。悟りに近いものを見つけたときに
宗教は強い力を持つのかもしれない。ただ入信しただけでは
幸福にはなれない。

(ルカによる福音書17章20章)

人生は長い道のりである。それを実感するからこそ、
2018年から2019年に変わったからといって、そこまで
お祝いの気持ちにはなれなかった。

次は「死者の書」について書いてみたいと思う。

私は二作品目のイコノグラフでは女子パウロに出しても
良いぐらいの正統派の「執心」から神の巻かれた種が育つまでを
書いた。けれども次回作はカトリックを裏切るような作品に
なるかもしれない。けれども、私は書かなければならないのだ。
幻想のような亡霊の王子のために朗女が、蓮の花で曼荼羅を作ったように。
私は教会のパーティやあの賑やかな円卓に戻ることはないだろう。
それは司祭に裏切られたときから決まっている。
その代わり、寡黙を保ちつつ現実では聞こえない旋律を聴くのだ。
存在していない世界から。

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When I had a dream

 

夢をみるとき、思い出のとき

永遠へと手をのばすとき

ただ存在しているだけのとき

グラディス・ティバー(1899~1980)

人は夢を見て、思い出から作られ、
死という永遠に手に伸ばす。
そんなまどろみも、ただの存在のひと時。
それは生きているということ、
そして夢を見ているということ。

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Luke 2:1-14





Luke 2:1~14
  
2 In those days Caesar Augustus issued a decree that a census should be taken of the entire Roman world. 2 (This was the first census that took place while[a] Quirinius was governor of Syria.) 3 And everyone went to their own town to register.

4 So Joseph also went up from the town of Nazareth in Galilee to Judea, to Bethlehem the town of David, because he belonged to the house and line of David. 5 He went there to register with Mary, who was pledged to be married to him and was expecting a child. 6 While they were there, the time came for the baby to be born, 7 and she gave birth to her firstborn, a son. She wrapped him in cloths and placed him in a manger, because there was no guest room available for them.

8 And there were shepherds living out in the fields nearby, keeping watch over their flocks at night. 9 An angel of the Lord appeared to them, and the glory of the Lord shone around them, and they were terrified. 10 But the angel said to them, “Do not be afraid. I bring you good news that will cause great joy for all the people. 11 Today in the town of David a Savior has been born to you; he is the Messiah, the Lord. 12 This will be a sign to you: You will find a baby wrapped in cloths and lying in a manger.”

13 Suddenly a great company of the heavenly host appeared with the angel, praising God and saying,

14 “Glory to God in the highest heaven,
    and on earth peace to those on whom his favor rests.”
そのころ、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た。
これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた最初の人口調査であった。
人々はみな登録をするために、それぞれ自分の町へ帰って行った。
ヨセフもダビデの家系であり、またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
それは、すでに身重になっていた、いいなづけの妻マリヤと共に、登録をするためであった。ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、
初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。御使は言った、「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生れになった。このかたこそ主なるキリストである。あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」。するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、
   「いと高きところでは、神に栄光があるように、
    地の上では、み心にかなう人々に平和があるように」
STUDYーーーーー

   Glory to God in the highest. The angels proclaim the news about jesus: the eternal,omnipotent son of god has just taken “the form of a servant being born in the likeness of men” for “the fullness of time” has now come. And God has”sent forh his Son, born of Woman,born under peace of salvation that God gives though his son.jesus is the “prince of peace” prophesied by Isaiah among those with whom he is pleased god’s gift of “peace will come not to all humanity but to those whom God is pleased to call himself.

Ps
 Jesus was born since God says “Let there be light” in Genesis. From the chaos and poverty he was born again with light. Just as he will remind people that the light is passionate, Jesus will advance from executions to resurrection while interacting with people from now on.
Merry Christmas.
最も輝かしい栄光を天使達は称えて宣言しています。神の永遠であり全能であるイエスは「時が満ち溢れた証明として」、「生まれたしもべ」としてお生まれになりました。そして神の息子であるイエスはイザヤに予言された「平和の王子」であると称えられています。
補足:創世記で神が光あれと言ってから、イエスがお生まれになり、混沌と貧しさから再び光がお生まれになりました。その光は受難であると人々に諭させるかのように、これから人々と交流しながら処刑から復活へとイエスは進んでいくのです。メリークリスマス。

25日の福音朗読箇所です。
This is read on 25th.

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Silent night

Silent night, holy night
All is calm, all is bright
Round yon Virgin Mother and Child
Holy Infant so tender and mild
Sleep in heavenly peace
Sleep in heavenly peace
Silent night, holy night!
Shepherds quake at the sight
Glories stream from heaven afar
Heavenly hosts sing Alleluia!
Christ, the Saviour is born
Christ, the Saviour is born
Silent night, holy night
Son of God, love’s pure light
Radiant beams from Thy holy face
With the dawn of redeeming grace
Jesus, Lord, at Thy birth
Jesus, Lord, at Thy birth

Luke1:39-45




39 At that time Mary got ready and hurried to a town in the hill country of Judea,<span class="crossreference" data-cr="#cen-NIV-24933A" data-link="(A)” style=”box-sizing: border-box; font-size: 0.625em; font-size: 0.625em; line-height: 22px; position: relative; top: 0px; vertical-align: top;”> 40 where she entered Zechariah’s home and greeted Elizabeth.41 When Elizabeth heard Mary’s greeting, the baby leaped in her womb, and Elizabeth was filled with the Holy Spirit.<span class="crossreference" data-cr="#cen-NIV-24935B" data-link="(B)” style=”box-sizing: border-box; font-size: 0.625em; line-height: 22px; position: relative; top: 0px; vertical-align: top;”> 42 In a loud voice she exclaimed: “Blessed are you among women,<span class="crossreference" data-cr="#cen-NIV-24936C" data-link="(C)” style=”box-sizing: border-box; font-size: 0.625em; line-height: 22px; position: relative; top: 0px; vertical-align: top;”> and blessed is the child you will bear! 43 But why am I so favored, that the mother of my Lord<span class="crossreference" data-cr="#cen-NIV-24937D" data-link="(D)” style=”box-sizing: border-box; font-size: 0.625em; line-height: 22px; position: relative; top: 0px; vertical-align: top;”> should come to me? 44 As soon as the sound of your greeting reached my ears, the baby in my womb leaped for joy. 45 Blessed is she who has believed that the Lord would fulfill his promises to her!”

そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。
マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、
声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。
わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。
あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。

主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」



study—–

in the thoseday links the present account with the preceding. it is likely that both the hill country and Judah refer the prophetic first instance of Jhon preparing the way for Jesus. John’s prophetic role is evidenced even as an unborn child in hte womb. Elizabeth, filled with the Holy Spirit explains the babe’s leaping.



この箇所は預言者ヨハネが胎内の中でも顕在していることを証明しています。そして同時にイエスキリストが宿り生まれることを祝っています。

追記:イエスは存在の美学でもあります。

皆様、良いクリスマス(生誕祭)を! Have a Merry Christmas!



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Alone by Edgar Allan Poe






Alone

by Edgar Allan Poe

From childhood’s hour I have not been
As others were; I have not seen
As others saw; I could not bring
My passions from a common spring.

From the same source I have not taken
My sorrow; I could not awaken
My heart to joy at the same tone;
And all I loved, I loved alone.

Then- in my childhood, in the dawn
Of a most stormy life- was drawn
From every depth of good and ill
The mystery which binds me still:
From the torrent, or the fountain,
From the red cliff of the mountain,
From the sun that round me rolled
In its autumn tint of gold,
From the lightning in the sky
As it passed me flying by,
From the thunder and the storm,
And the cloud that took the form
(When the rest of Heaven was blue)
Of a demon in my view.

end.

詩とは暗号のようで、実は心に一番近い言語だ。
心に近いということは、願望も夢も形無き言語も、
記憶も、欲望も、妄想も、
本人が把握できているところから、
把握できていないところまで全てが
書き綴られる、純粋で崇高な文章だ。

心に一番近いので、聖書の詩編では
神への祈りの文章が繰り広げられる。
詩編を読むときは存分に心から神へと
祈ると良い。神は欲望も願望も、
その人の良心も悪意も汲み取られる。

神への祈りの言葉を裏に隠し、心の声を吐露した時に、
他者が意味が分からないとするのなら、人の気持ちは
自分の喜怒哀楽と似ているものがありながらも、
汲み取ることが難しいということである。
詩人はそれでも素直に、この心の声に耳を傾け、
執筆する。エドガー・アランポーの詩は
何処かわかるようでわからない。
分からないようでわかるという
不思議な感覚で、言えることは
英語の語感としては美しいということだ。

夫人を亡くした後の詩のようだが
孤独でありながらも、美しい旋律を見失っていないことは
彼が詩の天才だと言うことだろう。

特にMy heart to joy at the same tone;
And all I loved, I loved alone.

人とは違うことに喜びを感じ、
私は愛した。私は一人でいることを愛した。

が特に美しいと私は思う。


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「日常2」

 司祭と問題を起こし、ODを10月にやらかしてしまってから、自分の顔をよく撮るようになったし、色々あってか痩せて写真を撮るのが楽しくなった。一時病気かしら?と思ったが、いまどき自撮りなんてインスタでは普通だし、「目立ちたいから」と思われがちな自撮りだが別に目立ちたいと思ってもネット民族の人数を考えれば目立てるわけでもないので、気にしないことにした。それに、失礼なことを言ってしまうと、かわいらしいポエムを書いているのに顔の正体が分からないというほうが私は怖い。身分証明になって良いではないか? とは言ってもシワが出てきたらやめるし、エフェクトで撮って気のすむまで自分の顔と向き合って、気楽に生きていこうかなと思う。

以下・頂き物
バイオプログラミング・ヘアービューロン2D
本当に一度カールしたら崩れにくく、逆にグルングルンになってしまうので、
手ぐしで何回もといたぐらいです。当てれば当てるほど髪に良いとかで。

ディオールのジョイバイディオールのボディクリームと
ミスディオールのヘアミスト

プーと大人になった僕

これ、映画でも見に行きました^^。とてもかわいいです。
そして、ほっこりします。君と一緒にいる日は特別な日って
なんだかとっても心温まりますね。童心にかえるとかそんな
単純な話じゃないんですよね。今時シンプルでこんなに
可愛い話って少ないなと思います。最近のは広告で塗り固められて、
駄作を感動作みたいに偽るの多いじゃないですか。
これはそういうのが無かったので本当に聖なる領域です。
プーとクリストファーロビンの佇まいだけで純粋でイエス様がいる気がします。

生きのびるために

おすすめのアニメ⑴
Netflix 「生きのびるために」
★★★★★
 タリバン政権下の厳しかった時代、女性は本も読んでもいけないし、一人で外にも出られませんでした。そんな中、父親が連行され幼い主人公は家族を養うために髪を切り男の子になりすまして働き始めるが・・・・・・。
今でもイスラム国崩壊後などの問題が残る中東。
 信仰とは何かも考えさせられる映画。やはり信仰の意義を考えさせられるのは宗派に関わらず、衣食住という基本が宗教と政治によって脅かされるところから始まるとは思います。
ごめんなさいですけど、スコセッシの「沈黙」
とは比べものにならないぐらいレベルが高かかったです。🙏 というのは、作品として評価することになりますが、「生きのびるために」は単純なアニメーションにも関わらず、
タリバン政権下の国民の像が生き生きと描写され、主人公が女の子だと分かっていても
見逃してくれる人や、女の子だと知れば果てしなく暴力を振るおうと追いかけてくる男性もいて、この男性達はイジメというより正義だと思っています。そんな政権下の中で、
主人公達は連行された父親を想い、主人公は父親の安否を確認するために危険な事を
しようとします。政権の強さ、イスラム教の解釈の強さ、そして平凡な家庭を取り戻したいという弱者の強さがぶつかりあい、緊張感がありました。
それに比べてスコセッシの「沈黙」はどれほど江戸時代の幕府が力を持っていたのか、
隠れキリシタンがどれほどまで強い信仰を持っていたのか、この力と力のぶつかり合いが
弱かったのです。処刑=残酷という観客の共通認識に頼りすぎていて、武士というものがどれほど権力を握っていたのか、という力強さの描写が弱かったのでイマイチ伝わらなかった、私はそう思います。生きのびるためには92分という短時間で、よく伝わり、沈黙は160分と長い時間ありながらも、ダラダラとしていたという印象があります。結局何も伝わってないというのが厳しい意見ですが、私は作品としてみたときに無駄なシーンが多かったと思っています。

外国人神父には絶賛でしたが、日本人から見たら微妙という気持ちも分かります。

「生きのびるために」はアイルランドのアニメ会社らしいです。こっちのほうがアカデミー賞ノミネートは当たり前です。まともな作品が選ばれるとまだ神はいるのだなと思います。Netflix契約している人は是非。

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買った本

自分のまわりを過ぎていく
知的な世界の片影でもいい
手もとにとどめたくて
魂をすりへらしてきたが
それが誤りだということに
ようやくきづいた。
世のひとがなんと言おうと
美はつねにわたしたちと
ともにある――
その捉えがたさにもかかわらず。
ガメイリアル・ブラッドフォード(1863~1932)

今日買った本

お気に入りのDiorの時計(70年代ぐらい)

今日もスペイン語ミサに行きました。

ポストクラシカル

マックスリヒター版のヴィヴァルディ「四季」、ヴァイオリン奏者はダニエル・ホープなのですが、私のお気に入りのLudovico Einaudiの曲もフィリップ・グラスのヴァイオリンも担当していることが後から分かりました。
ダニエル・ホープ(Daniel Hope)の演奏に使ってるヴァイオリンはよく鳴いていて、しかも近代的なアレンジがありながらも、深さがあったので種類が何なのかを調べてみました。
ダニエルが持っているヴァイオリン写真だけだと、判断基準の一つであるf字が画像だとよく分からず、大きさも彼の身体の大きさも知らないので比較しようがなかったけれど、音だけだとストラディバリウスじゃなくてガルネリウス(グアルネリウス)アマティかなと絞って調べてみたら1742年製のガルネリウスでした。 ガルネリウスはファミリーで1人がアマティの弟子。(ストラディバリウスもアマティの弟子です)実際、「ガルネリウス」というラテン語呼びだと弟子入りしたほうではなくて、その孫のバルトロメオ・ジュセッペの作品をさすときが多いです。1742年製ということは、彼の晩年の制作いうことのなります。
ストラディバリウスはハイフェッツ、メニューイン、パールマンの高音が華やかな印象が強いのですが
ハイフェッツはストラディバリウスのドルフィンを所有。但し、収録によってガリネウスも使用。メニューインもガルネリウスの時もあるので収録時期とか チェックはする。(常にじゃないけど)
[ストラディバリウスも敬虔な信者で、聖書の時代に生きたことを誇りに思っていました。ガリネウスはストラディバリウスほど恵まれた環境ではなく結婚したのにも関わらず聖者のような生活を送って、人気が出始めた頃に死んでしまいます。ガルネリウス(バルトロメオ)のヴァイオリンには全てIHS(救世主イエス)と記入されているらしいです。]
(参考:A•Wべレッド著、 ヤッシャ・ハイフェッツ) IHSに関しては実際確認してないので分かりませんが、彼は周囲からジュセッペのイエスと言われていたらしい。
ヴィヴァルディの四季なら やっぱり冬が一番好きです。
ポストクラシカルはクラシックの良さが残りつつも、現代風に聞きやすさがあったりして
好きですね。
(去年のfacebookの記事より)

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そういえば昨日はソフトバンクの通信回線障害困っちゃいましたね。
110番も119番も使えないとなると辛いですね、改善してほしいです。

文章の構成

形式に拘る必要は無いが基本的な文章の構成は8種類ある。

まず第三段階(序破急)

②起承転結

③五段階(ソナタ形式)

④結論ー本論型(頭括型)

⑤本論ー結論型(尾括型)

⑥結論ー本論ー結論型(双括型)

⑦追歩型

⑧散叙型

思考の在り方としては常に追歩型であるが、次回作は三段型の序破急を
選んでいる。今は序の部分が人に見せれるレベルになるようにしている段階である。
破の部分が書けるかどうかは運次第。今回は引退を賭けている次回作である。

話は変わるけれど、お気に入りのリリーブラウンの刺繍入りコートを今日着た。
靴も前にも紹介したけどリリーブラウンのもの。
http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/11/blog-post_29.html#more

 序の章を書いていて想う。貴方に裏切りの花束を。
沢山集めた香水の花々のように、入り混じって識別出来ないほどの香りを
貴方に送る。でもきっと貴方は私を見つけ出す。私の香りを。 

*****

酒井司教、女子パウロ会、瀬戸内寂聴からも楽しんで読んでもらえた
イコノグラフはこちらで買えます。

ありがとうございます。

福永武彦の忘却の河のアクセス数が急上昇しています。皆様ありがとうございます。
リンク→http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/10/blog-post_20.html

とても忘却の河は思いで深い作品なので嬉しいです。

話が変わりますが、ガブリエルシャネルの香水は冬に合うことが分かりました。
人それぞれ違うかもしれませんが、私はそうですね。

製品説明
光輝きだすようなセンセーション。シャネルの新しい香り。4代目シャネル専属調香師 オリヴィエ ポルジュは、ガブリエル シャネルからインスピレーションを得て、4つの白い花々が美しく調和した、ひとつのホワイト フラワーを誕生させました。
新しいフレグランスは、繊細なガラスに包まれたスクウェア ボトルの中を、まるでふわりと漂っているように見えます。ボトルのグラスは、フレグランスが放つ美しい光を輝かせるために、その存在を感じさせないぐらい繊細で透明です。そして、ボトルのラベルとキャップは、同じサイズのスクエアで整えられ、ゴールドとシルバーのニュアンスを持つラメのように絶妙なカラーで彩られています。最後に、ボトルはそのシルエットが象られたライナーに包まれ、温かみのあるゴールドのケースに大切に収められています。
ガブリエル シャネル。それは、自由なスピリットで運命を切り拓いていく輝きにあふれる女性のためのフレグランスです。

香り
どこまでもピュアなフローラル ノート。ホワイト フラワーの香りは、ボトルのグラスの輝きと呼応するような4つの白い花々のブーケから成るコンポジションです。それは、包み込まれるようなやさしさとエキゾチックな魅力があふれるジャスミンとグリーン&フルーティなイランイランの輝き。そして、はじけるようにフレッシュなオレンジ ブロッサムの香りの中に、極上の美しいドレスを思わせるようなグラース チュベローズが顔をのぞかせます。
これこそが、究極の白い花。輝きときらめきに満ちあふれた真のフェミニニティを体現したシャネルの花なのです。(公式ホームページから引用)

以前、ガブリエルシャネルの香水について書いています。

http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/02/gabrielle-chanel.html

Joseph Anton Bruckner

Joseph Anton Bruckner,


初めて聞いたとき、この人はカトリックだなと何故か分かった。
近代に近づくにつれプロテスタント系列の作曲家が多い中、
特に宗教性を感じさせない曲調でありながらも、カトリックの
人の思考性を感じた。ブルックナーは修道院では音楽について
何も評価されなかった過去を持っている。この曲は交響的か教会的かといえば
聞けばすぐ分かるが交響的要素が強い作品である。ブルックナーは
ミサ曲など、明らかに教会曲と分かる曲も作曲しているが、
彼は、教会的な音楽は神との対話、
そして交響曲は人間との対話だと言われている。

しかし、身についた性なのか、宗派は人間と対話していても
すぐに表れてしまうのかもしれない。「栄光を」という感覚が
拭いされないのだろう。


またあなたが抱いている偽りの無い信仰を思い起こしている。
この信仰は、まずあなたの祖母ロイスとあなたの母ユニケとに
宿ったものであるが、今あなたにも宿っていると私は確信している。

こういうわけであなたに注意したい。私の按手(あんしゅ)によって
内にいただいた神の賜物を、再び燃え立たせなさい。

テモテへの手紙 第二の手紙 第一章 5節6節




まとめ

私、映画だったらキェシロフスキかタルコフスキーが好きで、
何件か書いていますのでお浚いがてらに新規の方とかさかのぼって
見てもらえたらなぁと思います。

キェシロフスキ編

デカローグ・エピソード4

http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/04/dekalogepisode4.html

デカローグ・エピソード5

http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/04/dekalog-episode.html

デカローグ・エピソード1

http://chriskyogetu.blogspot.com/2018/04/dekalog-episode1.html

デカローグ エピソード8

http://chriskyogetu.blogspot.com/2017/09/blog-post.html

タルコフスキー編

http://chriskyogetu.blogspot.com/2017/04/the-mirror.html

サクリファイス

https://chriskyogetu.blogspot.com/2018/02/offret-sacrificatio.html?fbclid=IwAR3swtXL5HH8NMtQZuHBWG6tlPVSDgSbi7WGIU1kFGDM5ngyibsnSNa18no

酒井司教、女子パウロ会、瀬戸内寂聴からも楽しんで読んでもらえた
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